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2012.12.1.「何がよいのか」
2012.11.1.「生かしてください」
2012.10.1.「みことばについて」
2012.9.1.「感謝の材料」
2012.8.1.「みことばのとおりに」
2012.7.1.「聞くことについて」

2012.6.1.「慰めの必要」

2012.5.1.「何が大切なのか」
2012.4.1.「キリストの受難」
2012.3.1.「必要とされている」
2012.2.1.「豊かさとは何か」
2012.1.1.「心を尽くして」

2011.12.1.「受胎告知」
2011年11月以前の誌上礼拝
誌上礼拝
2013年 9月 「信頼の祝福 E」 
聖書の言葉

詩篇91:1〜3
91:1 いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。
91:2 私は主に申し上げよう。「わが避け所、わがとりで、私の信頼するわが神」と。
91:3 主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。

信頼の祝福 E

 きょうの詩篇の箇所から、神はどのようなお方か、人に襲いかかるものは何か、人のあるべき姿勢、などを見ることができます。人のあるべき姿勢が "信頼の祝福" であることを知ることができます。
1、神はどのようなお方か
 それが「いと高き方」「全能者」「主」「避け所」「とりで」「神」と表現されています。
「いと高き方」
と言う時、人の思いをはるかに越えたお方であることをイメージすることができます。それでいて遠いところにおられ近寄りがたいお方とは思えない表現です。むしろ崇めるべきお方として理解することができます。
「全能者」
聖書には何箇所かに、神には不可能なことはないとあらわされています。特に処女マリヤへの受胎告知の後、マリヤは神の全能を信じて受胎告知を受け入れている姿を福音書に見ることができます。
「主」
これがユダヤ人の一般的な神の呼び方だったようです。きょうの箇所には2回「主」が出て来ます。神を主と言うことは近くに居てくださるお方と意識することだったようです。
「避け所」
詩篇に以下の12箇所に出て来ます。神を避け所とすることがどれほど祝福に満ちたことかを学んでくださると幸いです。14:6. 46:1. 61:3. 62:7. 62:8. 71:7. 73:28. 91:2. 91:9. 94:22. 142:5. 144:2.
「とりで」当時の町は城壁で囲まれた防備された町でした。とりでの中にいれば安全です。神をとりでと表現した詩篇詩人から安全とは何かを学ばされます。
「神」
ただ神と言わないで「わが神」と言われていることに注目しましょう。
2、人に襲いかかるもの
 それが「狩人のわな」とあります。私は狩人の経験がありませんので当時のわながどのようなものであったかわかりません。今はカスミアミは禁止されています。まだ規制の無い頃、鳥が通る所にカスミアミを仕掛けると沢山のスズメが捕れました。スズメにとっては恐ろしいわなです。また「恐ろしい疫病」とされています。当時の恐れは伝染病でした。環境衛生も悪い時代です。加えて飲料水の乏しい時代でした。当然伝染病が起こるとひとたまりもなく病人が続出して不幸に見舞われたのです。二つの言葉によって人に襲いかかるもののことが表現されているのです。同時に詩篇詩人は、「あなたを救い出される」方がおられると歌います。このように言えるのは詩篇詩人が救い出されたからこそ言えた言葉です。
3、人のあるべき姿勢
 それは「私の信頼するわが神」と告白することなのです。私たち人は、不安・恐怖・迷い、などの経験をいたします。もちろん喜びも経験します。喜びの経験は傲慢にならないようにしなくてはなりません。神の祝福と感謝し神をさんびすることはふさわしいことです。不安・恐怖・迷い、などの経験をした時には、「私の信頼するわが神」と告白することが大切です。これは勇気がいることです。もし助けられなかったらどうしよう。状況が改善されなかったらどうしよう。などと躊躇してしまいます。勇気を出して神への信頼を言葉にあらわす告白をすることは信仰の勝利に導かれる秘訣です。


            日本同盟基督教団 正教師(外務支援教師)
                                富 澤 誠 治

2013.8.1.「信頼の祝福」5
2013.7.1「信頼の祝福」4

2013.6.1.「信頼の祝福」3

2013.5.1.「信頼の祝福」
2013.4.1.「神に信頼する祝福」
2013.3.1.「小さいことにも」
2013.2.1.「人の中にあるもの」
2013.1.1.「大切な関係」