以前の誌上礼拝
2012.12.1.「何がよいのか」
2012.11.1.「生かしてください」
2012.10.1.「みことばについて」
2012.9.1.「感謝の材料」
2012.8.1.「みことばのとおりに」
2012.7.1.「聞くことについて」

2012.6.1.「慰めの必要」

2012.5.1.「何が大切なのか」
2012.4.1.「キリストの受難」
2012.3.1.「必要とされている」
2012.2.1.「豊かさとは何か」
2012.1.1.「心を尽くして」

2011.12.1.「受胎告知」
2011年11月以前の誌上礼拝
誌上礼拝
2013年 8月 「信頼の祝福 D」 
聖書の言葉

詩篇71:5.6
71:5 神なる主よ。あなたは、私の若いころからの私の望み、私の信頼の的です。
71:6 私は生まれたときから、あなたにいだかれています。あなたは私を母の胎から取り上げた方。私はいつもあなたを賛美しています。

信頼の祝福 D

 神への信頼が詩篇の中にはあふれています。この神への信頼を私たちも確かにすることができるように学び取ることは大切な信仰生活姿勢です。神への信頼がどれほどの豊かさをもたらすかは計り知ることはできません。困難な中でも乗り越える力となり心に平安を生む材料ともなるのです。神への信頼の祝福を確かにしたいものです。
1、信頼の時期 「生まれた時から」
 詩篇詩人は神への信頼は「生まれた時から」と言い、また「若いころから」ともいっています。まことに聖書の民らしい告白です。
 これはクリスチャンホームに育った方々は理解できることと思います。それでも信仰決断はどのような場合にもどこかでなされています。その年齢・場所は一人一人異なります。共通なことはキリストを信じキリストへの信頼に生きるようになったという事実です。この点がはっきりしていることは祝福の源泉と言っても過言ではありません。注意したいことはどんな時にも神への信頼に生きようと決断できていないことです。それは信仰生活に動揺をもたらす原因になるのです。
2、信頼の期間 「いつも」
 神への信頼の期間を「いつも」ということばの中に見出すことができます。神への信頼は一定の期間だけのことではありません。「いつも」です。これは言うにやさしく行うに難しいことです。私たち人は状況変化に弱い面があるからです。状況変化が信仰にも影響を与えるからです。どのようなことが起こっても神への信頼に生きることは簡単なことではありません。同信の友の助言や励ましに支えられたり聖書によって励まされ力づけられるのです。
 「いつも」を私は一生涯と理解しています。一生涯変わることなく神への信頼に生きることは大切な在り方です。
 人々から確かに生涯に渡って神への信頼に生きていた人であったと証言されたいものです。それが大きな祝福の波紋となって広がって行くのです。
3、信頼の結果 「賛美」
 神への信頼の結果は神賛美です。現在までどれほど多くの神を賛美する音楽が生み出されたことでしょう。数えることは不可能です。私たちが音楽として賛美しているものはごくわずかなものなのです。
 その他、文学・絵画・彫刻・写真・建築・教育・福祉などあらゆる分野で神を賛美するわざがなされて来ました。キリスト者のわざとして見ると感動いたします。
 詩篇は、困難・悲しみ・痛み・怒りの中で神への賛美に輝いている姿を見ることができるのです。困難の中で神を賛美する力を得ようとするならば詩篇を読むのが一番です。また祈りの力を得るためにも詩篇は一番です。神への賛美・祈りによって信頼の祝福を確かにすることができるのです。
 私たちは、お互い自分は何によって神を賛美することができるのか知ることは貴いことです。それが生涯の事業となるのです。
 "瞬きの詩人"水野源三さんのことを紹介しましょう。まぶたを動かすだけが自分の意志表現だった水野源三さんは、ただ一つの機能の瞬きを生かして実に素直な詩を残してるのです。その詩は歌に乗せられ映像にも乗せられています。そこにあふれているのは神への信頼だったのです。
 「生きる」 水野源三作
神様の 大きな御手の中で
かたつむりは かたつむりらしく歩み
蛍草は 蛍草らしく咲き
雨蛙は 雨蛙らしく鳴き
神様の 大きな御手の中で
私は 私らしく 生きる


            日本同盟基督教団 正教師(外務支援教師)
                                富 澤 誠 治

2013.7.1「信頼の祝福」4
2013.6.1.「信頼の祝福」3

2013.5.1.「信頼の祝福」
2013.4.1.「神に信頼する祝福」
2013.3.1.「小さいことにも」
2013.2.1.「人の中にあるもの」
2013.1.1.「大切な関係」