ダニエル3:28 ネブカデネザルは言った。「ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを送って、王の命令にそむき、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救われた。・・・
信頼の祝福 ⑦
きょうの箇所は、ダニエル書3章の全体をご自分の聖書でお読みください。時代はイスラエルがバビロン王国の捕虜として生活をしている中で、神への信頼は「祝福を波及」させるものであることを知ることができます。イスラエルの三青年はいのちがけの信仰を貫きました。そこには神への信頼に生きる姿を見ることができるのです。
1、ネブカデネザル王の傲慢
権力が確立すると記念になるような建造物を造るか、親戚縁者で権力を欲しいままに操るか、独裁政策をとるかのどれかが今まで世界史の中で見られる歴史の事実です。
ネブカデネザルは金の像を「ドラの平野に立てた」3:1 と記されています。ドラの平野がどこかは特定することはできないようです。いずれにしても、その平野に60キキュピト 約27メーターの金の像を造ったのです。権力者は権力の象徴を好むようです。
加えて、その金の像への礼拝強要をしたのでした。ダニエル3:4〜6 (ご自分の聖書で確認ください。)それに対してイスラエルの三青年は、礼拝は天地を創造されエジプトから救い出してくださった神にのみささげるべきことを知っていたのでした。だから金の像の礼拝拒否をしたのです。ダニエル3:16〜18 (ご自分の聖書で確認ください。)
現在私たちも天地を創造された神、救いをお与えくださる神キリストへの礼拝を大切にしているのです。この姿勢が誤解を招くこともあなりますから丁寧な説明努力をしつつ貫かなくてはならない礼拝姿勢です。
2、三青年の信仰
三青年の信仰はいのちがけであったのでした。(ダニエル3:18 しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」)のように発言することが、どのような結果を招くかは承知の上で言っている言葉です。結果はすぐにあらわれました。ダニエル3:19.20 (ご自分の聖書で確認ください。)にネブカデネザル王の言葉が出て来ます。このような結果を承知の上で三青年は信仰告白としてダニエル3:16〜18 (ご自分の聖書で確認ください。)の発言をしているのです。実に勇気ある発言です。
かつて内村鑑三の通称不敬事件といわれる天皇遥拝を拒否したできごとがありました。私は不敬事件とは思えません。権力に屈しなかった三青年のように内村鑑三は信仰の告白として自分の態度をあらわしたのです。その結果、職を追われ、困難な生活をしたのです。しかし文筆活動とキリスト者の生活を鮮明に生きることによって大きな教訓を残しているのです。
3、波及の祝福
神への信頼は必ず祝福が波及してゆきます。三青年が無事だったことを見てネブカデネザル王は、ダニエル3:28〜29 (ご自分の聖書で確認ください。)で神を敬う者になったかのような表現で言葉が記録されています。
この言葉は三青年に起こったできこどが祝福の波及であったと理解しています。ネブカデネザル王は神を敬う者となったとの事実は見当たらないにしても三青年に起こった事実は忘れることのできないものとなったことは確かです。
現在、三青年が経験したようなことは私たちの国では起こりません。しかし三青年のような姿勢をもって生きるならば形は違っても厳しい現実にさらされるのは事実です。それでも神への信頼を確実にして生きる人の影響は大きいのです。
神への信頼を貫いた人々の祝福を私たちは継承しているといっても過言ではありません。自分の所で継承がストップしてしまうことがないようにしたいものです。どんなできごとが起こっても神への信頼を生きることは、聖霊によって神のことば聖書のことばに支えられて実現して行くのです。毎日の生活が聖書の言葉に支えられる生活であるように祈りたいものです。
日本同盟基督教団 正教師(外務支援教師)
富 澤 誠
治