詩篇92:4〜6
92:4 主よ。あなたは、あなたのなさったことで、私を喜ばせてくださいましたから、私は、あなたの御手のわざを、喜び歌います。
92:5 主よ。あなたのみわざはなんと大きいことでしょう。あなたの御計らいは、いとも深いのです。
92:6 まぬけ者は知らず、愚か者にはこれがわかりません。
感謝の材料
詩篇を読むと感謝の材料があふれていることに気がつきます。感謝の材料を失ってしまった時に詩篇を読むことは幸いです。きっと感謝する材料を発見するでしょう。きょうの箇所から感謝の材料を読み取りましょう。
1、主のなさったことを知ることは感謝の材料です。
「あなたのなさったこと」:4 「あなたの御手のわざ」:4 「あなたの御計らい」:5 などのことばの中に感謝の材料がひそんでいます。
第一の「あなたのなさったこと」と歌われていることは、とてもわかりやすいと思います。
日毎の生活の中で、ありふれたことの中に、また自分の思いや能力を越えたことに直面する時に、特に助けを経験すると「神がなさったこと」として意識いたします。このようなことは、キリスト者であるならば多かれ少なかれ知っています。事実を思い出して感謝いたします。「あなたのなさったこと」を思い出すか意識すればするほどに感謝となります。感謝のある生活は人にとって望ましく神も喜んでくださることです。
第二は「あなたの御手のわざ」で、神のお働きを意味する言葉のようです。神が「なさったこと」は過去のことのように感じます。それに対して「あなたの御手のわざ」と言う時、今を強く意識いたします。
私たちの生活の中には「今」助けを必要とすることが決して少なくありません。その時、具体的な「御手のわざ」の恵にあずかる時、"助けられた" "守られた"と言う実感を覚えるものです。この事実が生活の中で多くなればなるほどに感謝があふれるのです。神が良くしてくださったことを忘れてはいけませんね。
第三は「あなたの御計らい」:5 この「御計らい」は、被造物に対する神の「計らい」のことを指しているようです。御手のわざは、まさに神の私たちに対する「計らい」日本的な表現で言うならば
"配慮" です。
私たちは、どのような場合にも忘れられることはないのです。配慮され、覚えられているのです。このことを真実に意識すればするほどに感謝にあふれるのです。
2、主のお計らいをいつも覚える秘訣は、
教会の集会出席であり、毎日聖書によって神に聞き、応答して祈ることです。これはキリスト者の基本的なことであり習慣化したいものです。その中に、感謝の材料を確実に発見するのです。
私たちに対する神のお計らいを毎日受け止め意識したいものです。
3、感謝は「喜び歌います」で喜び歌うとは素晴らしい表現です。
詩篇詩人は喜び歌いました。歌には好みもあるようです。喜びの歌であっても騒音としか聞こえない現実もあるようです。自分の心を代弁してくれるような、喜びの歌は、聞いていて心さわやかになります。みんなと一緒に歌いたくなるものです。
私にとっては喜びの歌はCDなど聞くことです。聞いていると眠たくなっていつの間にか眠ってしまい聞き直すことが多いのです。最近流行のリラックスさせる音楽もあります。最も大きなことは礼拝で心を一つにして歌えることですね。
詩の友は心の歌であり、信仰の詩であり、あかしの詩でもあります。生活の中に感謝の材料があふれることは喜ばしいことです。六節の「まぬけ者は知らず、愚か者にはこれがわかりません。」は強い言葉ですね。こうならないように注意しなくてはと思います。
日本同盟基督教団無任所正教師 富 澤 誠 治