詩篇 128:4 見よ。主を恐れる人は、確かに、このように祝福を受ける。
祝福の中心点
信仰者の祝福の中心点は神への「信頼」です。詩篇128:4 の「恐れ」を「信頼する」と読み替えて見てください。理解が深まるでしょう。
1、アブラハムの例。創世記15:1〜21(ご自分の聖書を読んでください。)
アブラハムが祝福されたのは神への信頼です。アブラハムの生涯は欠点はないとは言えません。にもかかわらず祝福されたのは神への「信頼」そのものでした。
詩篇22:4.5には神への信頼が豊かに歌われています。詩篇22篇はご自分の聖書で読んでください。聖書を一人一人が持つことができなかった時代のことを覚えながら聖書を読んでみましょう。詩篇22篇からどれだけ信頼の祝福が吸収できるでしょう。聖書を読むだけで神の祝福を汲み取ることができるようにと願っています。
2、信仰者の神への信頼の祝福は、みことばを聞くことです。
アブラハムは神の語り掛けを聞くことのできる人でした。創世記15:1〜21を読むと祝福はみことばを聞くことの中にあることを知ることができます。信頼の祝福は神との会話、交わりでもあります。聖書を読むことは神の語りかけを聞くことと同じです。
そして『創世記 15:5 そして、彼を外に連れ出して仰せられた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」』の言葉から神の祝福を噛みしめましょう。
今生きる私たち信仰者にとってもみこどばを聞くことは祝福の源泉です。アブラハムにとって「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」と神の語り掛けを聞いた時どんな気持ちだったのだろうと考えます。現実はとてもそんなことは信じられない状況の中にありました。それでもアブラハムは神への信頼を確かにしたのです。
現在も信仰者の祝福は、みことばを聞くことの中にあるのです。聖書の言葉を思い出すことも読むことも、みことばを聞くことと同じです。しかもそのことばを忘れないことの中に生涯にわたる祝福がひそめられているのです。
ダビデも神のことばを聞くことによって力を得ました。「主を恐れる人は、だれか。主はその人に選ぶべき道を教えられる。(詩篇25:12)」
私たち人には迷いがあるものです。そうした中で「主はその人に選ぶべき道を教えられる。」とは、何と恵みに満ちたことでしよう。これが、みことばを聞くことによってもたらされる祝福なのです。
3、信仰者の神への信頼の祝福は、さんびの中にあります。
詩篇128:1〜6(ご自分の聖書を読んでください。)
聖書は、厳しい現実の中で「さんび」を命じています。最も有名な箇所は、ヤコブ1:2
です。ここには「喜びなさい」とあります。喜びはさんびです。またヤコブ5:13
には、苦しみ・喜びの中でするべきことは「賛美」と語られています。
詩篇の表題にも多く「さんび」が出て来ます。48篇 歌、コラの子たちの賛歌。
65篇 指揮者のために。ダビデの賛歌。歌。66篇 指揮者のために。歌。賛歌。
73篇 アサフの歌。92篇 賛歌。安息日のための歌。
表題を見ると詩篇の内容理解に役立ちます。いかに、さんび(賛歌)が大切にされたかが分かります。
その中の一つコラの子たちの賛歌は、コラと言う人のことで反逆者の子孫です。先祖に反逆者があっても信仰者の祝福は、さんびの中にあることを見ることができます。
私たち信仰者は個別で特有な経験をしています。どのような経験の中でも神への信頼とさんびにあふれた者でありたいものです。
日本同盟基督教団 正教師(外務支援教師)
富 澤
誠 治