箴言29:18 幻がなければ、民はほしいままにふるまう。しかし律法を守る者は幸いである。
何がよいのか
何がよいのかを真剣に考えなくてはなならない時代です。多くの人が何がよいのか探し求めているようです。"何がよいのか"のヒントが聖書によって与えられれば幸いです。
1、人の心にある気持ち
箴言は「ほしいままに」生きることを、あまり良い感じでは語りません。しかし人の中には
"気ままに生きたい" と思う心があります。ということは意外と人はわがままな存在なのかもしれません。また気ままに生きることが幸せのように考えられる向きもあります。あこがれのように感じることもあります。と同時にそれでよいのだろうかと疑問を持つこともあるのです。人とは実に複雑な存在です。矛盾があふれる中で生活しなくてはならないのが現実です。
2、人の心とは違う現実
「ほしいままに」生きることは、できそうで意外とできないものです。むしろ「ほしいままに」生きることができないで欲求不満に陥ることがあるのです。ほしいままに生きることは自分は満足かもしれません。しかし周囲の人には心配をかけたり迷惑をかけている場合もあるのです。ほしいままに生きて本当に満足があるかといえばそうではありません。とどまることなく気ままになって行きます。
これが人の心の現実です。
3、人の心に持つべきもの
箴言は、「幻」「律法」を持つことの重要性を語ります。
☆幻について調べましょう。
◎旧約聖書はどのように語るのでしょう。
エゼキエル書13章には、 むなしい幻と神からの幻のことが記されています。むなしい幻とは、偽預言者によるもので偽預言者は「むなしいことを語り、まやかしの預言」エゼキエル
13:8 をしているとされています。エゼキエルの時代はこのようなことがあったようです。神からの幻は「あなたがたは、わたしが神、主であることを知ろう。」エゼキエル13:9
ということだったのです。
ヨエル書2:28 その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。
ヨエル書の幻は、聖霊によって与えられる幻として有名です。これはペンテコステの時にペテロによって語られ引用された箇所です。使徒の働き
2:17 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
◎新約聖書は幻をどのように語っているでしよう。話題は、使徒の働きに集中しております。
使徒の働き10章には、カイザリヤのコルネリオが見せられた幻。そしてパウロが見せられた幻のことが記されています。この幻によって異邦人伝道の幕開けとなりました。
使徒の働き 16:9 には「私たちを助けてください」というマケドニヤの人々の声が聞かせられました。これは宣教への幻となったのです。
使徒の働き 18:9.10
18:9 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。18:10
わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから」と言われた。
この箇所は、宣教への励ましです。:5節から読むべき箇所です。パウロはユダヤ人伝道で痛手を受けました。失意を経験したでしょう。そうした中での励ましだったのです。
もういちど箴言へ帰りましょう。何がよいのか、その答えは健全な幻(ビジョン)があることです。そして「律法(みことば)を守る」という幸いを持っていることです。神のことば聖書によって「幻」を持つことが「ほしいままにふるまう」生活から解放する祝福に満ちたものであることをもっと知ることができるようにと願います。
日本同盟基督教団無任所正教師 富 澤 誠 治