以前の詩
| 巻頭言 詩の友 第2号 1972年1月 |
先ず1972年を迎え得ましたことを感謝します。今年も"聞いたり" "話したり" という言葉から離れては生きられません。しかし、聞くことを忘れ、話すことを忘れて生きてしまいやすい、そんな中で悲しみや、喜びが文字にあらわされ、苦労は半減し喜びは倍加され折々の思いと現実が詩に託されて、私たちの救い主キリストのみ名に栄光が帰されるならば大きな喜びです。そんな「詩の友」であるように願っています。 (こんな巻頭言になっていました。) 2号からの表紙 ![]() |
| 寄稿 向後昇太郎 (故人) |
| 幸福 わたしが喜んでいる時に きつと誰かが泣いている わたしのささやかな幸福さえ きっと羨む人がいる みんなが幸福になるまでは わたしも幸福だとは思えない いのり 主よ みんなが幸福になれる日を 速やかにきたらせたまえ 人の目から涙は全くぬぐわれ もはや死もなく 悲しみも 叫びも 痛みもない 古いすべてが過ぎさってしまった 新天新地の栄光の朝を わたしはお待ち申します |
| 「かくありたい」 富澤誠治 |
見わたして 行きめぐること 目標(めあて)なり 創世記13:14.17.に「見わたしなさい…行き巡りなさい」口語訳とあります。東西南北へ福音の領土を得たい。これが本年の願いになりました。本年1月6日、NHKで人間列島、陶工父子と題して、人間国宝備前焼作家、藤原 啓父子の生き方を紹介する番組が放映されました。香登教会でお目にかかった武用謙一氏が備前市市長となられたお姿を懐かしく見入ったことでした。心をこめて粘土をひねり窯に入れ焼きあげられた力作がなっとくがいかなければ遠慮もなく叩き割られていく 良き品を 世に残さんと だ作割り 神の作品であるはずの私は、醜いものまでも大切に大切にしているのではなかろうか神の良き作品であるために不必要なものは取り除いていただこう。 (この頃は俳句も作詩したことを思い出した。) (そんなことから 故島村亀鶴牧師の助言もいただいた。) |
| 巻頭言 詩の友 第3号 1972年3月 |
また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。エペソ人への手紙 5章18.19節 さんびは今まで幾多の形で人々の心を捕えました。信仰に恵まれた時、さんびが生まれることはいうまでもありません。また、詩が人の心を捕えることも事実です。短い言葉によってあらわされた詩が生涯忘れられず、処世訓となることは決して少なくありません。それは作り出そうとした努力によって生まれたものではなく生活の中からほとばしり出るように生まれたものでしょう。そんな詩は自分も、人々も感動するにちがいありません。(こんな巻頭言になっていました。) |
| 寄稿 安藤仲市牧師 (磐上)故人 |
幻の花の乱舞や猛吹雪 新幹線で関が原付近を通って、物凄い粉雪の舞い上がっている車窓を見て、今もあのときの光景がちらついてくる。 風洌し多摩川べりの梅白む 世田谷の喜多見からの、多摩川には、昔のような豊かな清流はのぞめないが、ガリラヤ湖畔に、主のお伴をした人々が偲ばれてくる。 |
| 「一番心に残っているみことば」マタイ6:26. |
空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延すことができますか。 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほども着飾ってはいませんでした。マタイ6:26−29. 野の花を見ていると うれしくなる 小さな花を見ていると とってもとってもうれしくなる 四つのうすい水色の花弁は 黄色い芯をかこんで 段々になって咲いている 咲いていることが喜びのように それを見ていると 「あなたを見ていますよ」と 神さまのお声が 聞えるような気がする。 作 杉本和子 |
| 「生きる喜び」 富澤誠治 |
人のために 生きることが 喜びであり キリストのために 生きることが 喜びであり 自分も生きることが 喜びである そんな 生き方でありたい。 |
| 巻頭言 詩の友 第4号 1972年5月 |
わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。テモテへの手紙第二4章7.8節 ノーベル賞作家、川端康成氏の自殺のニュースに驚いている者の一人です。氏は七十二歳であった。この世での生活はあとわずかで全うできたはず。年齢にかかわりなく生きるということは人間の偉大な事業 パウロは人に、いのちを断たれた。しかし福音の信仰を守り、宣教の使命を全うした。生きるという偉大な事業と宣教の使命を全うしたいものである。(こんな巻頭言になっていました。) |
| 寄稿 向後昇太郎牧師 「心の歌」 故人 |
まったくおまかせした心配のはいるすき間もない平安 ピリピ4:6.7. みむねに従っいるそこだけに本当の喜びがある 詩篇40:8. 何もなくても神様を期待している時が一番豊かである 詩篇4:7. (聖書箇所をお読みください。本当だ本当だと励まされます。富澤) |
| 「いろはならべかえ」 岸 一子姉 (故人) |
ごじゆなんせつ むかえぬれ ひざまずきてや うゑあほぐ めにはみえねど とわのいろ おたよりをもゐ けふちらる 御受難節迎えぬれ ひざまづきてや上仰ぐ 眼には見えねど永久の色 御頼り念ゐ今日散らる (いろは四十八字を並べかえためずらしい作です。富澤) |
| 「花」 富澤誠治 |
花は 春にも 夏にも 秋にも 冬にも 咲いている ほこらしげに咲く みんなが知っている花 また 誰にも見られないで 道端の 草かげで 咲いている 名もない花 それでも 何も いわないで 満足している。 (新発見の植物で無い限り植物には名前がある。) |
| 巻頭言 詩の友 第5号 1972年7月 |
1972年6月17日 佐藤栄作首相は退陣の日、青山もとより動かず 白雲おのずから去来す。つまり山は動かないがまわりのものは動いていくんだといった。佐藤栄作氏の不動の山、それが何を指しているかは想像するのみです。 私たちキリスト信者には、「天と地を造られた主(口語訳)」詩篇121篇2節に、不動の主、その神を山にたとえて「わたしは山にむかって目をあげる(口語訳)」と歌った詩篇の記者、これは聖書の世界の人々特有の表現であったが実にこれは日本人である私たちに非常に理解しやすいもの、不動の山である「天と地を造られた主」がいますことを感謝したい。(こんな巻頭言になっていました。) |
| 「祈り」 堀越暢治師 |
| (堀越先生の文章の中から励まされ、許可を得て、詩の形に替えて掲載したものと記憶しています。富澤) お守りください お導きください お恵み下さい こうした 内容の代りに 恵まれましたから "お使い下さい" "この私をお使い下さい" こう祈りの内容を変えることで 活動がはじまった。 |
| 5号の富澤誠治作 |
小さな働き けたたましい サイレンの音に 飛び起きて 窓を見る 火事だ あの人と あの人の 方角だ 真夜中一時 とにかく 行けば 役立つだろう (1972年5月25日) |
世界の友達 ことばがわかれば 世界の人々と 友達になれるだろう でも 言葉がわからない しかし 主イエスさまによって 友達だ それは 私の言葉も あなたの言葉も そのままで 聞いて下さる 神を 知っているからだ |
| 巻頭言 詩の友 第6号 1972年9月 |
| 詩篇40篇10節 わたしはあなたの救を心のうちに隠しおかず、あなたのまことと救とを告げ示しました。(口語訳) キリストを信じる者は歴史の中で色々な形でキリストの救いを証し致しました。私たちは「詩」という手段を用いてキリストにおける救いを、恵みを、喜びを証しするのです。これは一つの方法であって、なんといっても顔を合わせて証しするのが有効なものでしょう。しかし、詩は消えて行ってしまうものではなく歴史の中に残されて行くものです。だから責任のともなうものであると同時に影響力も大きいのです。 (ここまでの詩の友発行の願いが"鎖の輪がひろげられるように"でした。) (こんな巻頭言になっていました。) |
| 投稿 「いたみ」 奥西すみ江 |
二重苦を背負いて黙す康高の 悲しき姿に十字架を仰ぐ (奥西さんはご子息の障害によって信仰を持たれたとのこと 富澤) |
| 6号の富澤誠治作 |
ふるさと 便利さがいっぱいの都会 でも ちょつとまちがえば 事故につながる世界 楽しさがいっぱいの都会 でも 迷いがあり 悲しみがある 金の力で動かされる世界 あこがれでいっぱいの都会 でも 忙しくて忙しくて 自分を忘れさせてしまう世界 だから ふるさとを慕うのだ なのに 海へ行けば へどろと重油がいっぱい 山へ行けば 空き缶とごみでいっぱい ああわざわいなるこの世界 しかし 天のふるさとは キリストと共に 喜びがいっぱい それを思うと この世界の浄化の 意欲がわいて来る |
| 浜名湖キャンプ場 浜名湖や天への門の家が建ち 老いも若きも恵み喜び (浜名湖キャンプ場でき感謝の歌のよう。天への門は、吉持 章師の思い。富澤) |
| 巻頭言 詩の友 第7号 1972年11月 |
| 「詩の友」が創刊されて早くも一年、鎖の輪がひろげられるようにと願いつつ号を重ねて来ました。創刊号は100部から始まりましたが第六号からは220部となりました。本当に感謝です。 七号からは、"一人でも多くの人に"ということを願いつつ発行いたします。一年目はかぎられた人々にのみ、お送りましたが、二年目は国内の全部の県へ、おとどけしたいと祈っています。あなたの友人のお名前、住所を教えてください。お送りします。 (こんな巻頭言になっていました。) 7号からは夏目新治さんによるの表紙 |
| 特別寄稿 故 島村哉哉師 |
天来の句を賜はばやほ句の秋 若いころこんな句を作りました でも一つでも天来の句を いただいたことがありません 神さま どうか どうかと 祈るこころだけは もちつづけさして下さい 天来の句を賜はばやほ句の秋 イエスさま これが私の一生の お願いでございます。 1972年9月20日 特別寄稿 「造主の妙技」 故 山口徳夫師 山はよし川も野もよし海もよし 聖手になるものよからぬはなし |
| 「詩の友」の詩は |
信仰詩集です。 私の考えでは詩には上手下手の区別はないと思っています。自分の言語能力を生かして日ごとの生活の喜びや悲しみ、そして、おどろき、見たり、聞いたりしたことが、ありのままの言葉にまとめられるもの、それが詩であると思います。 八木重吉の詩に くものある日 くもはかなしい くものない日 そらはさびしい というのがあります。この詩を読んだ時、わけもなく感動して、そうだそうだといちいちうなずいたことでした。これは作ろうとして生まれた詩でもなく、なんとなく生まれた詩でもありません。そこに生活の場が、にじみ出ているように思える詩なのです。 多くの場合、詩を作るのは一つの才能と考えます。確かにそうかも知れません。詩人といわれる専門ということならあたっています。しかし、「詩の友」は詩人といわれる専門家のものではありません。日々の暮らしがそのまま文字にあらわされた詩集であるように願うものです。 そういう詩はだれにでもできるものです。 |
(この影響でしょうかたくさんの人の投稿がありました。全部載せられないのが残念です。富澤誠治) |