詩の友四十号記念
「み翼のかげで」 1978年10月

み翼のかげで 発行目的

 詩集の作者は全員キリスト信者です。その一人一人は、何かの機会にクリスチャンに接し、聖書を知り、キリストを信じました。
 詩集には、このすばらしい幸いを独占しないであらわそうと作詩されています。しかし詩だけでは大切な真理がぼやける危険があるので "心の目が開かれる幸い" で説明しました。


           「心の目が開かれる幸い」 「かくありたい」

聖書は新改訳聖書を用いています。

神について

 聖書は私たちの住んでいる世界を、神が創造されたと告げています。人の起源も神の創造によるのです。実に神は創造主なのです。
 また聖書は、神は聖なる愛のお方であり、アバ・父よと呼ぶことのできる天の父と書かれています。
 人は、神のめぐみの中で幸福であるように創造されているのです。

創世記1章1節 初めに、神が天と地を創造した。

創世記1章27節 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

創世記2章7節 その後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にい のちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。

レビ記19章2節 イスラエル人の全会衆に告げて言え。あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。

ヨハネの手紙第一4章8節 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

ローマ人への手紙8章15節 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。

マタイの福音書6章9節 だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。・・・

罪について

 幸福であるべき人が、悲しいことに幸せを意識することは少ないのです。なぜでしょう。
 理由は、人はあるべきところから離れ、道をはずれた歩み、すなわち罪に陥ってしまったことです。
 その罪とは自分の存在原因である神を無視した不従順であり、自分を中心とする不道徳です。罪の結果は死であり永遠の滅亡です。
 罪をそのままにしていてはいけないのです。

ローマ人への手紙3章23節 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、・・・

ローマ人への手紙6章23節 罪から来る報酬は死です。

ヨハネの手紙第一1章8.9節 もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いて おり、真理は私たちのうちにありません。もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

救いについて

 罪のため絶望の中にある人間にも救いの道が備えられています。その救いは、難行苦行によって達成されるものではなく、聖書にあらわされているキリストのご生涯の中に発見することができます。
 キリストは罪人の救いのために、ご降誕され、十字架にかかり、死をうちやぶってよみがえり、滅亡に向かって生きる人間の救いとなられました。この事実を無視してはなりません。

使徒の働き4章12節 この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。

マタイの福音書1章21節 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。

ヨハネの福音書3章16節 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

ヨハネの福音書5章24節 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。

ローマ人への手紙5章8.9節 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが 私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。 ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。

確かな信仰生活のために その一
 聖書にあらわされているように、自分に罪があることを認めて悔い改め(方向転換をすること)、キリストを罪からの救い主と信じる時、愛、喜び、平安、のある生き方が始まるのです。
 今までの 神 罪 救い に同意して祈りましょう。
 祈りは、父なる神さまと呼びかけ、自分の罪を具体的に告白し、キリストを信じ受け入れますと言い、最後にキリストのみ名によって アーメン(真実)と祈ります。この祈りは確実に答えられる祈りです。

 父なる神さま。私は罪ある者でした。神に背を向けて歩む者でした。この罪のためにキリストが十字架の身代わりになって私の罪を負ってくださったことを信じます。罪がゆるされたことを信じます。神への信頼、従順を生きます。聖書のことばによって支え導いてください。神に仕えることも教えてください。キリストのみ名によって祈ります。アーメン

使徒の働き3章19節 そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。

使徒の働き16章31節 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言った。

ヨハネの手紙第一5章14.15節 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

確かな信仰生活のために その二

 1、聖書に親しみましょう。 詩篇119篇105節 あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。
  神の声は聖書によって聞くことができます。

 2、祈りましょう。 エペソ人への手紙6章18節 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。
  神への語りかけが祈りです。人に与えられた特権です。

 3、教会へ行きましょう。 ヘブル人への手紙10章25節 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。
  信仰が同信の友によって励まされます。

教会をご紹介します。下記のアドレスへメールください。
shinotomo@hotmail.com

           「み翼のかげで」の中からの抜粋 「かくありたい」

主のめぐみ     向後昇太郎

     主ともにいますいのちを
     かしこみて老いしこの身を
     ささげまっらん
     吾が子ら三人召し給えども
     主のめぐみ
     あやしきまでに
     内にあふるる
     地にあれど心は天に
     つながれて
     慰めつきず
     老いしこの身に


たくましく     
澤誠治

     雪や寒風の吹く冬は
     根を土の中に深く深く
     のばしているのだろう
     その根に支えられて
     暖かな日差しを受け始めると
     芽を出し葉を出し枝をのばし
     豊かにたくましくなって行く柿
     それを見ていると
     ぶっけられる冷たい言葉にも
     いやでいやでたまらないことの中にも
     聖書の中に深く深く
     根をはろうと心にきめる
     それがたくましくなって行く
     秘訣なのだろう