2012年 7月

            

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こんにちは、詩の友の富澤です。

私の生き方 教師歴50年を機会に "私の生き方" をまとめてみました。

詩篇 119:105 あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。

私の生き方 教師歴50年を機会に "私の生き方" をまとめてみました。

詩篇 119:105 あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。

2、献身 1956年 (マタイ4:19 イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」)によって献身の志が与えられました。人は子供も大人もいることを念頭に児童伝道を学び続いて神学を学びすべての人々への働きを視野に入れることになりました。今も続いていることです。

☆思い出すと献身を表明したとき宣教師は"富澤さんやめなさい"でした。理由は聞くことはできませんでした。本気かどうかを試すためであったのではないかと思っています。

☆献身についてのもっとも大きな取り扱いは、父が頭を畳にすりつけて"キリスト教坊主になるのはやめてくれ"と言うものでした。私の献身の志に反対する両親弟の心が解けるのを待つゆとりも無く献身へと向かったのでした。猛反対をした両親は後に洗礼を受けたのでした。そして今も献身の志を持った時の聖書の言葉は生きているのです。"人間をとる漁師"になろうと志しているのです。これには卒業はないようです。

☆もう一つは宣教師夫人の日本脳炎による死でした。夫人は宣教師として来日し29歳で召されてしまいました。今も軽井沢の宣教師墓地に埋葬されています。(ヨハネ 12:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。)"一粒の麦と死したるナディーンの心受け継ぐわが生涯に"と詠んで宣教師の働きを忘れてはならないことに思いをいたしたのでした。
 
☆名古屋へ来ることとなったのは静岡の天城山荘で二日間の祈りの中で得た(エペソ3:7 私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました。)によってでした。今はどんな死に方をするのか見せる働きが"福音に仕える"ことと位置づけております。献身の生活も聖句を根拠に生きることでした。
 ☆献身の確認は聖書通読でした。一日に旧約聖書三章新約聖書一章合計四章を読むと旧約聖書は一年で一回、新約聖書は一年で二回、ゆとりをもって読めます。同じ聖句を毎年毎年読む度に献身の志を鮮明にすることができました。聖書通読は大きな宝となり献身の生活をする動力となったのでした。下の〔しおり〕はご希望の方に贈呈いたします。E-mailでお申し込みください。 
E-mail shinotomo@hotmail.com
 
          

           記念に作ったしおり(贈呈は終了)
 
 2012年7月1


         〒460-0014名古屋市中区富士見町4-7-106 富澤誠治

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