2012年 6月

            

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こんにちは、詩の友の富澤です。

私の生き方 教師歴50年を機会に "私の生き方" をまとめてみました。

詩篇 119:105 あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。

1、入信 1953年10月 4日洗礼を受けました。そのころは天幕伝道が盛んで天幕伝道チームが活躍していました。キリスト教会とのかかわりができたのは天幕集会に出席したのがきっかけでした。

☆聖書との出会いは、愛知県で第五回(1950年)国体が開かれた年、愛知大学で馬術が行われていました。その時、抜粋聖書が配布され手に取ったのが最初でした。後に新約聖書を手に入れ読んだのが(ヨハネ1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。)でした。納屋の中へ節穴から光が差し込んでいるのを見ました。光の帯の中に小さな埃がいっぱいなのを見て罪な生活は光には勝てないことを発見したのでした。私たち日本人は恥は理解しても罪を理解するのが難しいと言われています。聖書との出会いによって罪は神との関係が失われていることと知ったのでした。もし私が罪を認めないならばキリストの十字架が私一人のために無駄になってしまうと思ったのでした。(コリント人への手紙第一  1:16 私はステパナの家族にもバプテスマを授けましたが、そのほかはだれにも授けた覚えはありません。 1:17 キリストが私をお遣わしになったのは、バプテスマを授けさせるためではなく、福音を宣べ伝えさせるためです。それも、キリストの十字架がむなしくならないために、ことばの知恵によってはならないのです。 1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。)この聖句からもし私が罪の赦しの救いを受けないならば私一人のためにキリストの十字架が無駄になったしまうと思えたのでした。

☆信仰告白は宣教師に協力していた女性伝道師の個人伝道で信仰決心をしたのでした。女性伝道師の先生は個人伝道の後、"富澤さんお祈りください"と言って黙ってしまいました。お祈りしなければ帰してもらえそうもないと思いどんな祈りをしたか覚えていませんがお祈りしたら "富澤さんは救われました" と宣言されたのでした。決心に繋がった聖書箇所は、(ヨハネ1:12 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。)この言葉で神の子とされたことを信じたのでした。(ヨハネ5:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。)この聖句によって永遠のいのちが与えられたと信じたのでした。1953年10月 4日豊橋を流れる豊川で洗礼を宣教師から受けたのでした。その頃はヨハネの福音書をむさぼるように読みヨハネの福音書のページが抜け出るほどでした。ヨハネの福音書によってイエスは神の子であることを確信したのでした。

☆入信前の生活は、"火事の時、仏壇を担いで逃げた偉い人"という話題に素朴な疑問を持ちました。"神明社をお守りしてきた"にも素朴な疑問を持ちました。"仏壇も神社も人に守られなくてはならない"という疑問となったのでした。毎年除夜の鐘が鳴ると神社へ初参り、一方的にお参りだけで返事の無いことに、これでいいんだろうかと素朴な疑問を持ちました。

☆宗教的な疑問の中で宣教師の開く公民館での集会へ参加してから聖書を読むようになりました。お祈りすると聖書の言葉で答えてくださる神との出会いに感動しました。以来、聖書の言葉を拠り所として生活することとなったのです。( 7月は献身、8月は生活iについてあかしします。)


 
2012年6月1日 


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