以前の詩

詩の友 第130号 1994年2月

紙上説教

「約束を信じて」  富澤誠治

 そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある。」と言い伝えられている。創世記22章14節(新改訳)
 これはアブラハムが経験したことでした。このことに続いてアブラハムに与えられた神の約束が記されています。
1、神は、ご自身のお心を人に示してくださいます。
 アブラハムには、神のお心は天使によって示されたようです。その約束を信じるか信じないかはアブラハムの課題でした。
 現在の私たちにも神は聖書によって約束をお語りくださいます。その約束を信じるか信じないかは、現在のキリスト者の課題です。
 聖書に基づいて神の約束を信じる生活は健全な信仰生活となります。
2、神の約束は信ずべきものです。
 神の約束を信じるためには、どうしても聖書が語っていることを聞き、それに応答しなくてはなりません。
 つまり聖書を読まないならば神の約束を聞くことはありません。また聖書を読んで神の約束を聞いても応答することがなければ、神の約束を信じて生活することはできません。
 しかし聖書によって神の約束を聞き、それに応答して生活する時、信仰生活は生き生きとしたものになります。
 聖書に基づいて神の約束を信じる時、すばらしい発見がともないます。そして神への信頼、服従を厚くいたします。アブラハムがそうでした。
 私たちも、神の約束を発見する時、神への信頼、服従を大切にした信仰生活となるのです。今まで、どれほど多くの人々が神の約束を発見して、神への信頼、服従を豊かにしたことでしょう。私たちも、その一人です。
3、神のアブラハムに対する約束は、
 「子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。」創世記22章17節(新改訳)
 「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。」創世記22章18節(新改訳)と言うことでした。
 この約束を信じてアブラハムは生活したのでした。アブラハムの生涯を学ぶことによって、どれほど多くの人々が祝福への歩みへと導かれたか計り知ることはできません。
 この時代に生きるキリスト者である私たちも、アブラハムが約束を信じて生きたようにならいたいものです。
 私によってキリストを信じる人々が数多く増し加えられますように、このショート・メッセージをお読みくださったあなたによってキリストを信じる人々が数多く増し加えられますように願っています。
 約束を信じて生きる年となりますように。

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130号の富澤誠治作

お便り

     一九九三年十二月二〇日の
     お便り
     ジーンとしながら
     読みました

     名古屋へ
     おいでの時には
     ご夫妻にとって
     試練の時だったのですね

     その時
     涙を流される
     イエスさまの絵を
     カラーコピーして
     くださいました

     その時は
     めずらしい絵
     それだけしか
     思いませんでした

     お便りで
     奥さまが
     闘病生活の後
     天に召されたと知りました

     お便りによって
     涙を流されるイエス
     いただいた絵の
     意味が分かりました

     さぞ 心痛めていたのでしょう
     気がつきませんでした
     でも
     涙を流されるイエスさまから
     人の言葉を越えた
     支えが与えられて
     いたことでしょう
 今年一九九三年は二人とも六〇歳還暦の年で六月一日は三五回目の結婚記念日
 それまで頑張れよと念じつつ二月十九日私の誕生日 本人に病状について告知ではなく告白しました。
 家内は"うすうすは知っていました。私もクリスチャンの端くれにいるもの"
 それを聞いただけでホッとしました。
 洗礼を受けたとき"永遠のいのちを信じるか" 結婚式では"病めるときも健やかな時も"と漠然とした状態で誓約したようだけどいっも忘れずに来られたことを確認できて感謝したものでした。
 五月五日自宅で苦しみも少なく意識もしっかりして家族に送られて逝きました。

     涙をながされる
     イエスさまの絵の
     感動
     共感
     慰め が分かりました


試練

     聖書の中に
     十数回出て来ることば

     決してうれしいこととは
     言えないことば

     しかし
     聖書は
 「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」ヤコブの手紙1章2節(新改訳)と言う

     なぜだろう
 「試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。」ヤコブの手紙1章12節(新改訳)

     試練の時は
     "どうして"と思います

     通過してみると
     きたえられて
     慰めと
     励ましを
     とどけるキリスト者と
     なっている

詩の友 第131号 1994年4月

投稿  谷口幸子

七人の孫

あずかれる宝とぞ思う七人の澄める眸につつがあらなす

お便り
 私は昨年の三月甲状腺の全摘手術を受けました。癌でした。癌かもしれないという段階で正直いってゆれましたが、
 イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。・・・」 ヨハネによる福音書11章25節(口語訳)
 キリストこそ復活のいのち、キリストに連なる私もキリストと共に死なない、いのちに属する者ですから感謝です。
 家人には "さよなら" ではなく "行ってらっしゃい" で送ってほしいと言っています。
 死なねば復活はありませんもの・・・
 でも術後も元気に暮らしております。


投稿  渡辺久美子

コゲラ来る

     何気なしにカーテン越しに外を見た
     柿の木に コゲラが来ていた
     珍しい来客が来た
     ようこそ よく来たねコゲラさん
     またいつでもいらっしゃい


131号の富澤誠治作

聖書の中に

     聖書の中に
     顔のことが
     出て来る

     モーセの顔
 「主と話したので」出エジプト記34章29節(新改訳) 輝いていた
     それは
     神との交わりから出る顔

     ステパノの顔
 「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」使徒の働き7章60節(新改訳)と祈る
     執り成しの祈りの顔
     それは
     天使の顔のようであったと
     語られている

     イエスの顔
     エルサレムのことを語られた
     エルサレムへ顔を向けられた
     使命に向かう顔

     朝の祈り会で
     語られた
     ことばによって
     聖書の中に見られる
     顔によって教えられる

     どの顔も
     キリスト者に
     必要であろう

     その中の
     一つでも
     実現したいもの


エペソ人への手紙から

 「機会を十分に生かして用いなさい。」エペソ人への手紙5章16節(新改訳)
     なぜ 何のために どのように

     志が定まると
     守られている平安が
     心を支配して
     前向きに
     心を向け
     生活ができる

     共にいてくださる
     お方によって
     支えられるから


楽寿園

     三島駅前にある市立公園
     富士山の溶岩流があり
     富士山からのわきだし水があり
     樹木が組み合わされた市民のオアシス
     穴の沢山ある溶岩が美しい

     溶岩流が起こった時には
     美しいなどと言われない
     恐ろしい世界だったろう

     今は 森林浴ができる
     植物と水の豊かな公園
     せせらぎには
     小鳥が餌をついばんでいる
     木の上ではさわがしい羽音

     それでも くつろぎがある

     記念にこぶしほどの溶岩を拾い
     盆栽石にと
     
     楽寿園を手元に引き寄せた

詩の友 第132号 1994年6月

紹介  「野川」  高橋靖彦著

私の築いた橋

     私の築いた橋を人が通る
     名もない技術者のことは
     誰も知らないだろう

     それはそれでいい

     そのことを知っている我が子よ
     どうか私の築いた橋を
      渡ってほしい
     キリストに導かれる
     魂の橋も


声にならない

     声にならない祈りがある
     神様どうか私の願いを
     聞き入れてください

     声にならない讃美がある
     神さまどうか私の喜びを
     受け取ってください

     声にならないからこそ
     あなたに知っていただきたいのです

     この魂の
     願いと喜び
     叫びを


投稿  渡辺久美子

くるみの花

     くるみの花というか穂
     みどり色の花穂
     実とは まるでちがった花
     不思議に思う いまは花穂の季節
     くるみの木は枝をずいぶん切られたけれども
     堂々と立っている


132号の富澤誠治作



     潮干狩りの
     大人 子供
     潮にさからわず
     引き潮に
     したがって
     岸から遠くまで
     アサリとり

     三〇キログラムは
     あるだろうと
     網に入れたアサリを
     引きずって
     砂浜を歩く顔は
     うれしそう


神の箱

 「神の箱は奪われました。」サムエル記第一4章17節(新改訳)
     神の箱の中には
     十戒が記された
     石の板が
     納められていた

     神の箱を見る
     聖書の民には
     神共にいます
     しるし

     神の箱が
     奪われて
     ホフニとピネハスは死に
     老父エリも
     席から
     あおむけに落ちて
     首を折って死に
     ピネハスの妻は
     陣痛が起こり
     死にかけた

     神の箱が
     奪われたショックは
     すさまじい

     神の箱の中の
     十戒は
     みことば

     みことばである
     聖書のことばが
     人の心に
     納められると
     もうだれにも
     奪われることはない

     わたしの
     生涯を
     支える確かな
     みことば

     わたしのよりどころ

     そして あなたの

詩の友 第133号 1994年8月

投稿  渡辺久美子

くるみ

     くるみが青い実となっていた
     夏空の下
     繁る枝葉は 涼しげに

133号の富澤誠治作

節水

     節水の呼びかけに
     応じて
     お風呂は
     バケツ五リットルの湯

     ベビーパウダー粉石鹸を
     ポリ桶に溶かし
     タワシ・タオルにつけて
     汗を流し
     あとはすすぎ

     ポリバケツ一杯の湯で
     おわり

     あとはびっくりするほど
     さらりとして
     すずしくなる

     地球上には
     それすら
     できないところもある

     今 いのちの水に
     うるおされていることを
     感謝しつつ


暑さ

     いままでにない
     暑さに
     思わず
     "暑い"

     言ったあと
     ヨナの記事を
     思い出す

     木陰に
     涼を得ていたヨナ

     焼けつく地の
     熱風に
     木陰はなくなり
     太陽の熱は
     ヨナの頭に
     遠慮なく
     照りつける

     暑さの中で
     知る
     神の愛

     ニネベの人々を
     おさばきに
     ならなかった
     神の愛

     どんなことの中でも
     教えられやすい
     心を持ちたい


パン

 「人はパンだけで生きるのではない。」ルカの福音書4章4節(新改訳)
     四〇日間の
     断食の後

     悪魔から
     食の誘惑を
     受けられた
     イエスさま

     旧約聖書
     申命記のことばで
     食の誘惑に
     勝利された
     イエスさま

     人は
     パンなしでは
     生きられない

     パンだけでも
     満足できない

     どちらに
     傾いても
     不健全

     美食によって
     心のパンを
     忘れてはいけない

     粗食でも
     心のパンに
     養われている
     豊かさを確実に
     しなくては


ヨブ

 「呼んでください。私は答えます。」ヨブ記13章22節(新改訳)
     何不自由もなかったヨブ
     瞬時に
     何もかも失い
     健康も失ったヨブ

     一番の苦しみは
     神の呼びかけがないこと
     神からのパンがないこと

     ああ この国にパンの飢饉がある

詩の友 第134号 1994年10月

紹介  「祈りの花びら」  内田みずえ著

あなたの御名

マタイの福音書6章9節(文語訳)
「天にまします 我らの父よ 願わくは 御名を崇めさせたまえ」

     あなたの御名

     輝く明けの明星
     良い牧者
     神の小羊
     いのちのパン
     シャロンのバラ
     不思議な助言者
     力ある神
     永遠の父
     平和の君
     万軍の主
     在って在る者
     造り主
     王の王
     主の主
     まことのぶどうの木

     神のしもべ

     あなたの御名を崇めます

     あなたの御名について 思い巡らし
     あなたの御名を崇め
     あなたの御名を賛美する喜び

     心が沈んでいる時こそ
     思い巡らす あなたの御名


感想
  富澤誠治

     祈りの花びらを読んで
     心に響いたこと

     それは

     "思い巡らす"めぐみ

     あなた(神)の御名を
     思い巡らす中から
     いくつもいくつも

     あなたの御名が
     登場する

     その度に

     驚きや発見があっただろう

     ひとつの聖句を
     中心に
     思い巡らすの欠けている私
     思い巡らす一事を
     もっともっと
     大切にしなくては・・・


投稿  渡辺久美子

吾亦紅

     吾も紅なりと 吾亦紅
     私は私と 渡辺久美子
     小さな者だけれど
     夢は大きく 内に秘めて思いもつよく
     吾亦紅
     地味な紅さを身にひめて

オンシジューム

     オンシジュームの開花
     二輪
     黄蝶がとまっているように

秋桜

     秋桜の花
     たおやかそうでいて
     けれども しんはつよい花
     秋が運んだ贈り物

紫苑

     紫苑が咲きました
     やわらかな紫色が
     秋の空に映えます


134号の富澤誠治作

牧師会

     鳥羽 簡保の
     最上階の
     部屋から
     見おろすと

     小さな樹海

     その上を小鳥が飛びかい

     「空の鳥を見よ」を語りかけている

     樹海の中からは
     秋を告げる
     ツクツクホーシが
     鳴いている

     まだ夕暮れには
     時間がある
     声を聞きつつ
     涼を得る


雑草

     雨の無い
     日照りの中で

     人は節水に協力し
     水の重要性を
     深く実感
     道端に
     植えられた
     さつきは
     ほとんど枯れている

     茶色になった葉
     枝だけになった
     茂みの
     中から
     緑がニョキニョキ
     顔を出している

     何と言う草だろう
     枯れ木の中で
     雑草は
     生きのびている

     歩行信号が
     変わったのに
     思わず
     見とれてしまった


鉢植え

     屋上の鉢植え
     猛暑で
     二十五鉢も
     枯れてしまった

     二六号台風で
     またまた
     鉢植えの
     花木も
     草花も
     見るもむざん

     薬草にと
     育てた
     日々草の花は
     一輪残らず
     飛ばされた

     台風が過ぎて
     三日目には
     チラホラと
     花をつけている日々草

     神の造られた世界の
     きびしさと
     やさしさを
     同時に
     見ることができた


バラ

     暴風の
     当たらなかった
     バラの小鉢

     小さいために
     葉もいたまず
     小さなつぼみをつけて可憐
     一週間後には
     花を咲かせるだろう

詩の友 第135号 1994年12月

投稿 「ドクダミ」 渡辺久美子

     道端に群れて咲く ドクダミの花
     かえり見る人がいなくとも
     白い花は かわらない
     純白の花弁は 誇らしげに咲いている

     花は花のときを知っている


135号の富澤誠治作

押し花

     心臓病で
     安静を命ぜられた時から
     始まった押し花

     厚い電話帳
     三冊におさまって
     出番を待っている

     教会へ
     新しく
     来られた方にだけ
     はがきに
     押し花をあしらい
     聖句を
     書き入れ
     印を押し
     透明ビニールで
     補強

     宛名の下に
     ちょっぴり
     ごあいさつ

     記念に
     額に入れて
     くださっているとか

     でも
     年とともに
     押し花は
     色がぬけて
     ゆくでしょう

     その時は
 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」ペテロの手紙第一1章24.25節(新改訳)
     聖書のことばを
     思い出してください
     それが私の喜びです
             あじさいの押し花額


花が咲いた


     夏の暑さで
     二十五鉢の
     鉢植えが枯れてしまった

     少なくなった
     鉢植えの
     デンドロビュウム・ファレノプシス・ビキィブム
     長い名前の
     花が咲いた

     屋上の
     厳しい暑さを
     越えて
     花を見せてくれた

     植物の
     たくましさに教えられ

     咲いた花で
     ホッとさせてもらい

     友にも株分けして
     楽しみを分け合い
     なんとなくうれしい

     今また
     レリオカトレア・ミニ・パープル"タマミ"
     長い名前の
     花のつぼみが
     二輪
     ふくらんできた

     世界の
     創造主からの
     贈りもの


ランタナ

     熱帯アフリカ
     原種の雑草
     十一月も終わろうとするのに
     チラホラと
     黄色の花をつけている
     赤色の花はつぼみ
     一九九二年十一月一日
     採種の
     黄色花の種一つ
     赤色花の種一つ
     芽を出して
     今年も咲き

     楽しみを運んでくれた

     心臓病で
     外国へは行けなくなった者に


励まし

 「愛されている子どもらしく、・・・愛のうちに歩みなさい。」エペソ人への手紙5章1.2節(新改訳)
     愛される資格はないのに
     愛してくださった
     イエスさま

     それを思うと

     愛のうちに歩みなさいが
     励ましになります

     ささやかでも
     イエスさまの愛で
     人を愛する
     励ましとなれますように

     喜びをもって

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