以前の詩

詩の友 第124号 1993年2月

紹介  「べてるの家の本」

ある重い障害をかかえた青年の著した本の中の一節 P220

     たとえ短い命でも
     生きる
     意味があるとすれば
     それは何だろう

     働けぬ体で
     一生を過ごす人生にも
     生きる価値があるとすれば
     それは何だろう
     もしも 人間の生きる価値が
     社会に役立つことで
     決まるなら
     ぼくたちは
     生きる価値も権利もない

     しかし どんな人間にも
     差別なく
     生きる資格があるなら
     それは 何によるのだろうか


投稿  「三度目のスイス」  谷口幸子

外国に果つるも可 くすりあまたガーゼ交換もリュツクにつめこむ

在る今を喜びとせん忍耐の果てに野花の生命輝く

病もつ夫と三度マッターホルン一世の旅も果ても近きに


投稿  「新しい日々に」  渡辺久美子

     新しい年のはじまり
     この一年も日課を守っていきたい
     好天となった一日
     夜空は きらめく星空となる
     新しい日々に 希望も高く


124号の富澤誠治作

シンビジウム

     花芽が出た
     つぼみも見えた
     支柱も立てた

     どうしたのだろう
     つぼみがしおれてゆく
     ほかの花芽
     つぼみは
     いきいきとしているのに

     お前は
     つぼみのままでしおれてしまうなよ

     首をかしげて
     心の中で言ってみる


励まされて

     毎日
     旧約聖書を三章
     新約聖書を一章

     読むと
     その日に必要な
     はげましを
     毎日受ける
     聖書による
     励ましってすばらしい

 「わたし、主は、それを見守る者。絶えずこれに水を注ぎ、だれも、それをそこなわないように、夜も昼もこれを見守っている。」イザヤ書27章3節(新改訳)

     主なる神は
     見守っておられるお方

     夜も
     昼も
     見守っておられるお方

     こんなことが
     できるお方は
     私の信じるお方のみ

     神である主
     イスラエルの聖なる方は
     こう仰せられる

 「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」イザヤ書30章15節(新改訳)

     私の信じるお方に
     落ち着いて
     信頼すれば
     力を得る

     きょうも
     聖書を読んで
     神の声を聞き
     はげまされた

     あすもあさっても
     確実に
     はげましを受けるに
     ちがいない

詩の友 第125号 1993年4月

紹介  「召されて行く友に」  金田福一著

     息絶えるまで
     生きていなはれ

     生きている喜び
     生きている楽しみを
     死ぬるまで
     持っていなはれ

     奥さんと
     死後のことで
     笑って
     相談しなはれ

     奥さんに
     感謝の笑顔を
     残して逝きなはれ
     それ以上の
     遺産はない

     御家族のみなさんにも
     よくお礼を
     申し上げて
     行きなはれ

     イエスさまは
     連れに来て
     下さいました
     付き添っていて
     下さいました
     席は確保されている

     悠悠と
     嬉しそうに
     できたら手を振って
     挨拶して
     行きなはれ

     ありがとう
     ありがとうと

 (詩として書かれたものではありません。129頁のことばを詩の形に置き換えました。)


投稿  渡辺久美子

たんぽぽ

     空色小花の群落の中に
     たんぽぽが一輪 花を咲かせている
     その黄色の花が
     実に新鮮だった
     今日 うれしかった出あい




     柳の若芽が風になびく
     やわらかな芽が
     春色の風を運ぶ
     ボートをこぐ人たち
     柳のみどり色に
     気づいていますか


125号の富澤誠治作

社会厚生部員から

     日本同盟基督教団
     社会厚生部員から
     一通のはがき
     健康のために
     祈っているとの

     見舞状の
     励まし

     短くても
     心が込められたはがき

     温かさが
     伝わって来る

     その日に
     一時間にもわたる
     長時間心臓発作

     朝のデボーションで

 「百歳で死ぬ者は若かったとされ、」るイザヤ書65章20節(新改訳)

     発作がおさまり
     まだ使命がることを
     実感


当てにして

     きのうがよかったから

     きょうがよいとはかぎらない

     悪いともかぎらない

     どんな中でもきょうを精一杯

 「雄々しくあれ。」ヨシュア記1章1節から9節(新改訳)

     そう励ましてくださる
     お方を
     当てにして
     そう決めてしまった


集まる


 「また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。」ヘブル人への手紙10章24.25節(新改訳)

     集まることが
     なぜこれほどに
     強調されたのだろう

     当時
     迫害の中では
     集まることは
     目立つこと
     でも
     集まることを
     大切にした

     互いに勧め合って
     愛と善行を
     確かめ合っただろう

     決して
     さばき合い
     批判しあうことでは
     なかったろう

     集まることは
     その時代の必要

     今も
     世界の必要

     集まることによって
     共に出会い
     共に呼び合い
     共に祈り
     共に出て行く
     キリスト者の
     目的をたしかめる

     集まることは
     今も変わらず
     必要なこと

詩の友 第126号 1993年6月

紙上説教

「何から救われるのか」  富澤誠治

 キリスト教会の中で "救われる" という言葉を聞きます。その上に "何から" をつけて聖書を見ましょう。
 多くの人は自分が救われるためには自分で努力しなくてはならないと考えます。一般的な考え方です。
 しかし聖書を調べると神が手をさしのべて救ってくださることが明らかにされています。神は私たちを何から救ってくださるのでしょう。
1、死の原因である罪からの救いです。
 私たち人が持っている最大の恐れは「死」ではないでしょうか。ある病院をたずね入院しておられる方をお見舞いした時「四」(死)号室はないことに気がつきました。人がきらう番号を飛ばしている配慮ある病院と思いました。たとえ「四」(死)を抜いていても人には必ず死がおとずれます。避けて通ることはできません。
 人はなぜ死ななくてはならないのでしょう。
2、人が死ぬ者となったのは罪のためです。
 「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、」ローマ人への手紙3章23節(新改訳)と記されています。そして
 「罪から来る報酬は死です。」ローマ人への手紙6章23節(新改訳)と記されています。
 聖書は人におとずれる死は罪の結果であると語っているのです。
 私は死なないと言う人は一人もいません。つまり人は罪の束縛の中にあると言うことです。では、
3、罪とは何か ?
 これを知ると救われる尊さを知ることができます。
 @罪とは法律を破ることです。これは誰でもよく理解します。
  法律は人が定めたものです。聖書には律法と言うことばがあります。それは神が人に与えられた法です。その律法を破ることが罪です。
 A罪とは、的外れな生活です。聖書の言う罪は的外れ、それが一つの内容です。
 私たち人は、神に心を向けて歩むはずのものです。それが神に背を向けて生活するようになりました。それが的外れです。
 この罪が人に死をもたらしているのです。
 「ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖(あがな)いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」ローマ人への手紙3章24節(新改訳)
 「しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」ローマ人への手紙6章23節後半(新改訳)と罪からの救いが明らかにされているのです。

 何か問いたいことがありましたら下記をクリックしてお便りください。
          shinotomo@hotmail.com


紹介  「作詩のために」  島崎光正記事

@多くの詩を読むこと
A自分の人生観、世界観を大切にすること
B詩作の習慣をつけること
C目に見えたものの形をかりて内面的なものを表現すること
Dいつも感動を大切にすること
E現象面をつき抜けたところから吹き起こる感動をそらさない日常生活の訓練を怠ってはならないこと

 とてもよい参考になります。作詩をしてみるとよいでしょう。

私(富澤)は、
☆自分の心を素直に言葉にすること
☆生活の言葉を用いること
☆自称詩人で満足すること
☆聖書のことばの祝福を大切にすること
☆キリストがあかしされること
 こんなことを「詩の友」のモットーにしています。投稿を歓迎します。


投稿  「花の詩」  渡辺久美子
@シラー
     つりがね草に似ています
     下向きに咲く花は
     どことなく はにかみ屋さんのよう
Aタツナミ草
     タツナミ草が咲いた
     むらさき 白 桃色
     それぞれの色が
     波打つように
B野の花
     黄色の花は タビラコとはちがうから
     コウゾリアでしょうか
     散歩道を いろどっています
C時計草
     垣根にからませた時計草
     野の花や鳥たちに
     時を知らせるように 咲きました
D白花月見草
     白花の清さは
     夜の中で
     一層白くなることでしょう

126号の富澤誠治作

焼津 松風閣で

海鵜

     人も近づけない
     断崖絶壁
     海鵜だろう
     舞い降りては
     海にもぐっている

     海面から舞い上がると
     絶壁へ
     ヒナがいるのだろう
     そこに海鵜の
     世界がある


海面

     朝比奈川と瀬戸川が
     合流して
     きのうまでの雨水が
     海面に丸く
     大きな
     模様をえがいている
     見ているとだんだん
     形を変えて
     あきることのない
     海の造形美


漁船

     午後四時十九分
     沖の方から
     白い舟
     漁船だろう
     焼津港に向かって
     一直線

     平安の港への
     一直線でありたい


窓から

     リゾートホテルの
     八二四号室
     海の上にいるよう

     窓の外を
     カラス ツバメが横切る
     沖に三そうの小舟
     つり舟だろう
     動かない

     午後四時三十分
     清水港の方へ
     白波を残して消えた
     大漁だっただろうか

     遊覧船だろう
     少し大型の船
     ゆっくりと
     海岸美の
     説明がされているのだろう
     港へ向かって行った

     午後五時十分
     もういっそうの
     つり舟が
     白波を残して
     帰って行く
     と思ったら止まった
     ポイントを
     変えたのだろう

     ツバメも三羽
     カラスも二羽
     ねぐらに帰るのだろう
     窓を横切る
     くつろぎの窓に
     心なごむ

     窓から左を見れば
     雨あがりの空に
     頂上だけを出して
     富士山が見える
     美しい風景

     人にはできない
     美しさを
     イエスさま
     ありがとう


朝風呂

     一九九三年五月四日
     午前四時五五分
     展望温泉の窓から
     いっせいんの太陽光

     同時に
     やみは消えて行く
     聖書のことばの
     一句

 「光よ。あれ。」創世記一章三節(新改訳)

     心にとまると
     平安が支配した


手放せない

     結婚の年
     東京秋葉原で
     買い求めた
     スピーカー
     妻と共に
     買ったもの
     箱は手作り
     今 スピーカーは旧式
     ステレオは
     何回か こわれて
     新しくなった
     でもスピーカーは
     結婚の年のまま
 「わたしの恵みは、あなたに十分である。」コリント人への手紙第二 12章9節(新改訳)
 「主がイスラエルの家に約束されたすべての良いことは、一つもたがわず、みな実現した。」ヨシュア記21章45節(新改訳)
              

詩の友 第127号 1993年8月

紹介  水野源三作

しみる

     主の御言葉が
     わが胸にしみる


  詩は「こんな美しい朝に −瞬きの詩人−」にあります。

     まばたきだけが
     自分の意志表示
     その中から
     ただ二行詩

     主の御言葉
     聖書のことばが
     胸にしみる

     聖書のことばが
     支えであり
     励まし
     短い詩の
     向こうが見えてくる

     ここにも
     神を知る幸いがある   富澤誠治


投稿  渡辺久美子

セントポーリア

     セントポーリアのピンク色の花
     つぼみもたくさんついている
     やさしい気持ちと一緒に
     贈ってくださったセントポーリア


父へ

     病気のために声帯を摘出した父
     覚悟していた事なのに父も母も私も
     それでも術後のジレンマを越えた現在
     九月からは食道発声の訓練に通う
     お父さん 苦しいだろうけど
     がんばってゆこうね
     皆さんの祈りの中で
     また発声が出来るようになるまで


127号の富澤誠治作

福音の力

 「この福音は、あなたがたが神の恵みを聞き、それをほんとうに理解したとき以来、あなたがたの間でも見られるとおりの勢いをもって、世界中で、実を結び広がり続けています。福音はそのようにしてあなたがたに届いたのです。」コロサイ人への手紙1章6節(新改訳)
     なんとダイナミックなことば
     福音の力がみごとに
     表現されている

     名城病院の病室で
     青年会担当の
     特別礼拝のために
     祈っている時
     聖書通読の箇所から

     特別礼拝へは
     参加できないが
     福音の前進は確実

     信じて疑わない


変化の中で

     病室のみなさんの
     目覚めは早い

     一時間も時間を間違えて電話

     電話の向こうの声は
     はりがない
     迷惑をかけてしまった

     病院での主日は
     梅雨の中の晴天

     窓の外の新緑は
     雨のうるおいをあびて
     気持ちよい
     しかもあざやか

     わずかな時間の中にも
     変化があふれている

     変わらないお方に
     心をおこう
     栄光の奥義であられる
     キリストに


支え

     検査入院の前も
     入院中も

 「あなたはいのちを選びなさい。」申命記30章19節(新改訳)

     申命記27章には
     祝福するために ゲリジム山に
     のろいのために エバル山に
     立たなければならない

     なぜ神は
     人々の前に
     祝福と
     のろいとを
     おかれたのだろう

     素朴な問いは
     研究課題になる

     病室では
     研究資料のない
     聖書通読のみ

     それが
     答えを見つける
     支えとなる

     神は
     私に いのちを選びなさい
     そう語りかけて
     くださっている

     危険はないとは言えない検査

     「あなたはいのちを選びなさい。」

     神は
     のろいではなく
     いのちを選ぶことを
     私だけでなく
     人に求めておられる

     祝福とのろいが
     おかれた意味が
     わかって
     聖書理解が
     豊かになった


検査入院

     たった六日間
     退院前に
     院内を散歩してみる

     驚き

     わずかな散歩だが
     体力のおとろえがわかる
     検査の結果は
     病変無く 感謝

     だが体力の回復のためには
     これから
     知恵深い
     生活が必要だろう

     知恵を与えられるお方に
     感謝して生きよう

詩の友 第128号 1993年10月

紹介  クリスチャン新聞記事

「真剣にいのりました」  岩村 昇著

     「真剣にいのりました」の
     記事を
     詩の形にして
     ご紹介します

     結核持ちの
     おばあさんを
     背負って
     山三つ越えた
     ところにある
     病院に
     どうしても
     運ばなければならない

     村の男たちは
     農繁期でできない

     真剣にいのりました

     次の朝
     村に立ち寄った若者が
     運んでいた荷物を
     村に預けて
     おばあさんを背負って
     三日歩いて
     病院にたどり着いた

     うれしくて
     謝礼を
     あげようとしたが

     若者は
     自分には
     若さや力がある
     おばあさんにはない
     だがそれを
     分かち合うのは
     当たり前なのだ


     共に生きるために
     ネパールの
     山の中で
     医療活動をされた
     岩村 昇先生
     共に生きることを
     教えられた

     活動し
     貢献し
     教えられ
     アジアのノーベル賞
     マグサイサイ賞受賞

     共に生きるってすばらしい


投稿  渡辺久美子

やまぶき

     雨の坂道を上がります
     横を見たら
     一重やまぶきの黄色の花
     季節はずれの花
     黄色があかるく雨にさえています


フラワーアレジメント

     アレンジを作るのは楽しい
     その時 その時で花材もかえてみる
     野の花の風情
     蘭中心の華やかな印象
     秋になれば秋の花で作りたい
     うたう秋を表現したい


128号の富澤誠治作

かおり

     教会堂の屋上で
     鉢植えを
     ながめていたら
     どこからともなく
     金木犀のかおり
     さわやかな気持ちになる

     におい
     現代人は
     五百年 千年前は
     生活できなかっただろう
     排泄物
     埋葬から出る
     においによって

     反対に
     その頃の人は
     今のガソリンの
     においには
     たえられないだろう
     都市はガソリンの
     においがいっぱい
     気がつかないだけ

     かおりと言えば
     キリスト者も
     かおりにたとえられている
     さわやかさをとどける
     かおりになりたい


海辺

     つる状にのびた
     植物
     先端には
     うす紫の花を
     咲かせている
     花が終わった枝には
     黒くなった
     実がついている

     採種したら
     かすかな香りが
     心地よい

     帰宅して
     鉢に種を蒔き
     発芽するだろうか
     花が咲くだろうか
     ほのかな期待が
     わいて来る


解説  作詩のために

     「海辺」を
     読まれて
     何を感じたでしょう

     情景描写を
     感じる方

     植物に興味のある
     作者の嗜好を
     感じる方

     自分も
     海辺を思い
     懐かしさを
     感じる方

     作者である私は
     "ほのかな期待がわいて来る"
     これに思いが
     込められている

     教会で
     キリストに仕える
     生活の中で
     人々の顔を
     思い浮かべ
     信仰告白へと
     進行するように

     信仰生活が
     成長するように
     期待と希望を
     込めている

     そこまで具体的に
     言わないで
     詩の中に
     自分の心が
     願いが
     込められている

     書かない
     秘められていることは
     自分だけのこと
     神がご存じのこと

     作詩はそれでよい

詩の友 第129号 1993年12月

紹介  こんな美しい朝に
     −瞬きの詩人 水野源三の世界から−

心はふしぎな所

     心はふしぎな所
     信じるべきを うたがい
     愛すべきを 憎み
     のぞむべきを 落胆し
     喜ぶべきを 悲しみ
     心はふしぎな所
     いったん主の御手にふれるならば
     見たり きいたり
     ふれたり しなくても
     信じ 愛し のぞみ
     喜ぶことができる


投稿  渡辺久美子

押し花レター

     つたの押し葉をハガキに貼って
     短い言葉を添えました
     一瞬の秋
     押し葉がうまく仕上がりましたのでおくります
     早足散歩で心身ともにみずみずしく


129号の富澤誠治作

相談

     若きレハベアム王は
     老人と
     同年の若者に
     相談した

     "過酷な労働と重いくびきを軽くしてください"

     この訴えに
     どう答えたらよいか
     相談した

     取り上げた意見は
     若者の考え

     結果は
     王国を分裂させてしまった

     相談
     それは大切なこと
     しかし
     自分の主体を
     失う原因ともなる

     自分で
     先を読むことを
     失ってしまう原因ともなる

     それがレハベアム王

     相談
     それを
     神に問うことにしたら
     どうなるだろう

     神に祈る
     神との交わりを
     大切にしたら
     どうなるだろう


変わった

     日本で一番高い所を走る列車
     小海線
     乗客が変わった
     以前は
     若者が多かったのに
     今は熟年の方
     紅葉を見て
     "きれい" と
     うれしい声を上げている
     人生に自由を得たのだろう
     高原列車の中で
     若者のよう


探らせよ

 主はモーセに告げて仰せられた。「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。父祖の部族ごとにひとりずつ、みな、その族長を遣わさなければならない。」モーセは主の命によって、パランの荒野から彼らを遣わした。彼らはみな、イスラエル人のかしらであった。民数記13章1節から3節(新改訳)
     つかわされた人々は
     部族のかしらたち十二人

     名前が知られているのは
     カレブとヨシュアの二人

     発言したことばは
 「主の御心にかなえば、」民数記14章8節(新改訳)
 「主が私たちとともにおられるのだ。」民数記14章9節(新改訳)
     信仰に満ちたことば

     松原湖研修会での
     ヘック宣教師の
     開会メッセージ

     聞いているうちに
     きょう読んだ
     聖書通読箇所
マルコの福音書10章27節(新改訳)
 イエスは、彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。」
     聖句を思い出した
     「主が私たちとともにおられるのだ。」
     信じよう
     真に支えてくださるお方を
     「神にはできるのです。」
     みことばを
     すなおに
     信じよう

     それが
     今を確実に生きる力

     これからを生き抜く力


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