詩 の 友
野のユリを求めて
1981年7月1日発行


野のユリを慕い求めてイスラエル
写真は旅行の時にすべて写したものです。

野のユリと言われる野生のアネモネ


野のユリと言われる野生のアネモネ


岩場に咲く花
目 次

              序
              福音書の植物
              植物ではなかったもの
              聖地を旅して
              感謝


 聖地旅行の目的を、福音書に登場する植物を取り上げ、詩集を生み出すことに定め日本人の文化を背景に植物のことを意識し、前準備として福音書を読み始めてみると意外に植物の多く出て来るのには驚いた。その後、聖地を旅行し、その印象詩と写真を加えました。
 福音書に登場する植物に、キリストのご生涯と私の信仰とを交叉させて作詩を試みました。植物を意識したために少し無理をした作詩もありますが目的をはたすこができたと思っています。   1981年5月6日


T 福音書の植物

1、福音書の植物を求めて
  ロビンソンの「福音書の調和」を参考にキリストのご生涯をたどる形で福音書の植物を求めて進みました。
 植物については、聖地で見たことと新教出版社の聖書大辞典、別所梅之助の聖書植物考を参考にした。


乳香・没薬   マタイ2:1-12.

     キリストさまが
     人の子として
     ベツレヘムで
     お生まれになった

     東方の博士たちは
     黄金・乳香・没薬を
     幼子キリストさまにささげ
     礼拝した

     乳香は 没薬は どんな植物から
     作られたのだろう
     キリストさまに
     ささげられるまでには
     たくさんの人の手のわざをへた
     でもささげたのは
     救い主を待ち望んでいた
     博士たち


野 蜜   マタイ3:1-4. マルコ1:6.

     キリストさまが
     来られるまで
     その前に道を備えた
     バプテスマのヨハネ
     らくだの毛の
     着物を着
     皮の帯をしめ
     いなごと野蜜を
     食べていたという
     聖地の
     いなごを育てた植物は
     なんだろう
     野蜜は
     どんな花から
     とれたのだろう

     清貧とメッセージを持った
     ヨハネの生き方を
     尊重しなくては


何の実だろう  マタイ3:1-10. ルカ3:8.

     バプテスマのヨハネの
     メッセージ
     「悔い改めなさい」
     「悔い改めにふさわしい実を結びなさい」
     そう語られた
     ふさわしい実
     どんな植物の実を
     連想して
     語ったのだろう
     実を結ばない木は
     斧で切り倒される
     なんと厳しく
     明確な言葉
     その植物を見ると
     バプテスマのヨハネの
     メッセージが
     確実に思い出されるような
     気がして来る


斧で切られる木  ルカ3:8.

     バプテスマのヨハネ
     その言葉の
     するどいこと
     実を結ばない木は
     みな切り倒される

     私は
     ちゃんと実を
     結んでいるだろうか
     主よ


くつひも  マタイ3:11. マルコ1:7. ルカ10:4.
 くつは革ばかりでなくナツメヤシの葉やパピルスでも作られた。

     くつひもが
     革なのか植物材によるのか
     それは知らない
     立派なくつであったか
     貧しいくつであったか
     それも知らない
     唯 はいておられるお方は
     ヨハネのいうように

     私の救い主であることには
     まちがいがない


  マタイ3:1-12.
 麦には小麦 大麦 スペルタ麦 毒麦があった。毒麦が入っては大変。

     キリストさまに
     道を用意した
     バプテスマのヨハネ
     彼は キリストさまを
     「手に箕を持って」
     麦を選別されるお方
     そう教えた
     毎日 欠かせない食物
     いっも見ている穀物
     それがキリストさまに
     道を用意する
     材料になった


パン  マルコ6:37.38. ルカ4:4.
 写真はスーパーで売られていたパン
     

     毎日食べなくてはならない
     人のあわれよ
     パンのために
     喜びともなり
     悲しみともなる

     神がお与えくださった
     みことばのパンによっても
     喜びともなり
     悲しみともなる

     ああ 人のあわれよ

     もっともっと
     食べること
     一食一食の
     みことばを吟味しよう


必要な水  マタイ5:6.
 シナイ半島のイスラエル領は、かんがい努力によって緑の地に変えられていた。ユダの荒野には、ダビデの牧場といわれる豊かな草地がある。実に水のある所、緑したたる。
 左の岩の下に小さな流れが見える。
 このようなワデを道として行く。

     

     義に飢え渇いている者は幸いです
     その人は満ち足りるからです

     山に登られ
     人々に語られた
     キリストさまのことばとして
     よく知られている

     渇きをいやす水は
     人にも
     植物にも必要なもの
     砂漠の中に
     水が出ればオアシス
     美しく植物が育つ
     もっともっと
     渇いて求める
     人でありたい


  マタイ5:14-16.
 油はオリーブ油。オリーブの木の多いこと。

     キリストさまは
     「あなたがたは、世界の光です。」と
     語られた
     人々をてらす火
     その油は
     鉱物性のものなのかな
     動物性のものなのかな
     植物性のものなのかな
     火を見るたびに
     世界の光なのだと
     自分に言い聞かせよう


燃えていたごみ  マタイ5:21-37. 10:28. 18:9. 23:33.
 エルサレムの城壁の外にゲヘナの谷と呼ばれる場所がありエルサレムの町から出るゴミが焼かれていた。人々は、いつもその火と煙を見ていた。


     燃えるゲヘナの
     燃料は
     人殺し 兄弟げんか
     悪口 姦淫 いつわり
     これは キリストさまの指摘

     実際のゲヘナ
     ごみ焼き場へ
     投げ込まれたものは
     何だろう
     昼も夜も燃えていた ゴミ
     それは 何だろう


植物性の食物  マタイ6:11.

     キリストさまが
     「日々の糧をきょうもお与えください」と
     教えてくださった祈り
     お祈りの中の
     食物は
     あたりまえのものではありません
     動物性のものでも
     植物性のものでも
     神様がお与えくださった
     恵みとして
     信仰告白として
     いただくはずなのです


  マタイ6:16-18.
 油は、オリーブ油、冬、頭にすりこむとフケがなくなる私の日用品。


     断食の時
     自分の頭に油をぬり
     自分の顔を洗う
     それはなすべきこと
     断食や祈りは
     人に見せるためではない


ゆり  マタイ6:26-34. ルカ12:22-31.
 聖書のゆりは、学者により、水仙、サフラン、アネモネと分かれる。イスラエルの国は二千種もの花があるそうだ。野のゆりといえば特定の花だが、雨期の後なら花はどこでも見ることができる。その花を見る度にキリストさまの語られたことを思い出さずにはおられない。身近な花によって。


     空のとりを見
     野のゆりを見
     よくわきまえなさい
     そういわれて
     やっとわかりました
     自分の思い煩いをやめて
     神さまにお頼りすべきことを


計りざお  マタイ7:1-5.
 長さを計る物差は葦が用いられた。

     金銀銅 そして人の食物も
     はかられた
     はかることは
     人の生活に必要なもの
     でも使ってはいけない
     はかりがある
     人をさばくはかりは
     いけないのだ
     もっともっと
     自分をきびしくはかる
     はかりを用いて
     成長した人にならなくては


野ばら  ルカ6:43-45.

     野ばらから
     ぶどうは収穫できない
     よい木から
     よい実が収穫できる
     あたりまえのことが
     キリストさまによって
     語られると
     まるで新しいことのように
     ひびいてくる


  ルカ5:17-26.

     健康な人には
     寝床は安息の世界
     病人にとっては
     苦痛をかみしめる
     闘病の世界
     小さな小さな
     世界にとじこめられることは
     たまらない苦痛
     でもキリストさまの
     ところにつれられてくると
     苦痛に勝つ
     平安が心を支配する


野菜  マルコ4:32.
 瓜の類、ナス、玉ねぎ、人参、菜など豊富だ。

     習慣
     不思議なほどに
     人によって 民族によって
     異なっている
     聖書の中の
     ダニエルとその友らは
     菜食主義を実行し
     健康を得た
     聖書の世界にあらわれる
     人々の食した野菜は
     なんだろう
     からし種と比較された
     野菜は なんだろう


  マタイ8:18-23. マルコ9:58.
 枕は、編物であったようだ。
 毛糸では頭の温度が上がるので亜麻糸による編物ではなかったかと想像する。


     休みのために
     家は必要です
     寝床も必要です
     枕も必要です
     でもキリストさまには
     枕する所もありませんでした
     キリストさまに従う
     弟子には
     それぐらいの
     心づもりが必要です


豚の飼料
  マルコ5:11-20. ルカ15:11-32.
 イナゴマメは、甘辛くておいしい、今でも子供のおやつ、でも主食にはむつかしい。

     放蕩息子が
     食べたいと思った程の
     イナゴマメ
     山腹で飼われた
     豚の食べ物は
     何種類もあったろう
     酪農もあった
     聖書の世界
     当然農業も営まれた
     家畜と植物と人
     どこにでもある世界の中で
     救いの音信が
     育ったのだ


  マルコ6:8. ルカ9:3.
 杖は樫の木の枝で作られたらしい。

     なんでもない
     棒一本が
     武器ともなり
     生活の道具ともなり
     旅する人の
     杖ともなる
     なんでもないものの
     ひとつをキリストさまの
     用のために役立てる
     そんな生活の知恵を
     得たい


羊の飼料  マルコ6:34.
 羊飼いは草のある所をよく知っていた。

     ひつじ その動物の
     名前を聞くだけで
     平和な のどかな
     様子を思う
     戦闘的な性質はなく
     草を食して
     群れなす羊
     飼い主の声を
     聞きわける羊
     なのに迷いやすい羊
     飼い主のもとにいるかぎり
     平和とおだやかが
     羊の姿

     
 バス窓から小さな羊の群れ、運転手さんが車を止めてくれた。

     
 無防備な動物であることがよくわかる。


青草  マルコ6:39.
 イスラエルには背の高くなる草は少ない青草のジュータンのよう。

     キリストさまの語られる
     教えのことばを聞くために
     集まって来た人々
     食べることも忘れて
     聞いていたのだろう
     わずか五つのパンと
     二匹の魚で
     空腹の五千人を
     養われたキリストさま
     人々を組分けて
     青草のジュータンの上で
     養われた
     そこがふるさとのような
     気がしてたまらない

     
 このような青草の地が所々ある。


  マタイ9:1.13:1-3.14:13.14.22-33.
 船は木造であった。

     ガリラヤ湖には
     漁師の船
     物や人を運ぶ舟もあったろう
     キリストさまをお乗せした
     舟の材木
     それはどこに育った
     木だったんだろう
     たとえ知られずとも
     それもキリストさまのために
     用いられた


古くからある飲み物
 マタイ9:17. マルコ14:22-25. ヨハネ2:1-11.

     飲み物の中で
     古いものそれは
     ぶどう汁にちがいない
     発酵すれば酒となる
     キリストさまも
     話題に上げられた
     古い革袋と新しい革袋に
     入れられたぶどう酒
     婚礼の席でふるまわれたぶどう酒
     どれもこれも
     尊い真理が込められている


ぶどうと労働  マタイ20:1-16.
 イスラエルのぶどう栽培は露地作り、中段作り、棚作りの三種類が見られた。

     ぶどう汁を飲む時は
     水分と甘さ そして 酸味が
     舌に心地よい
     ぶどう汁が
     完成されるまでの労働は
     実際にたずさわらねば
     わからない
     人をうるおす
     ぶどう汁ができるまでに
     人とぶどうの樹の
     ドラマがある
     ぶどう園で働く者の
     ドラマがある


  マタイ9:18-26. 11:17.
 笛は葦の茎か、木で作られていた。

     会堂管理者の
     娘のために
     笛吹く者が来た
     ものいわなくなった娘のために
     心の痛み悲しみを
     笛であらわすために
     ああ 笛を吹いても 騒いでも
     何も起らない
     でも キリストさまが来られたら
     笛吹く必要はなくなった


十字架の木  マタイ10:34-39. 16:24.25. 27:31.32.
              マルコ8:34.35. 15:20.21.
              ルカ9:23.24. 23:26.

 十字架の木に用いられたのは糸杉と思われる。

     キリストさまが
     十字架につけられた木
     それは 美しいものではなく
     荒削りの木か
     丸太に近いものだったろう
     生の木だったら
     ずいぶん重かったろう

     だからクレネのシモンに
     ローマの役人は
     十字架を
     無理に負わせたのだ
     それこそキリストの弟子に
     ふさわしい姿となるために


くびき  マタイ11:29.30.
 くびきは簡単な仕事の場合は単なる棒であった。

     牛と牛とを
     つなぐ具
     くびきでつながれれば
     大きな力がもたらされ
     生産は向上する

     キリストさまと
     くびきをともにすれば
     隣人に祝福をもたらし
     神の栄光をあらわす
     生活になる


  マタイ12:1-8. マルコ2:23-28. ルカ6:15.
 小麦は子供の時、穂を摘んで食べたことがある。かんでいるとガムができる。

     キリストさまの
     弟子たちは
     空腹のため
     安息日に
     麦の穂を摘んで食べた
     律法主義者たちは
     安息日に労働をした
     定めを破ったと
     きめつけた
     麦の穂ひとつで
     安息日の主が
     明確に示されるとは
     キリストさまでなくては
     できるはずがない


毒麦と良い麦  マタイ13:24-30. 36-43.
 イスラエルには小麦、大麦、スペルタ麦があった。

     キリストさまは
     私の心に
     良い麦以外は
     お蒔きにはなりません
     キリストさまは
     私以外の人々の中にも
     良い麦以外は
     お蒔きになりません
     キリストさまは
     良い麦を収穫したいのです


  マタイ12:20. 27:29.30. マルコ15:16-20.
 ガリラヤ湖、エリコ、死海のほとりで葦を見た。

     竹のように丈夫ではないが
     真理を伝える材料として用いられると
     神のめぐみを伝える
     素材となる
     罪人が用いると
     世界の王に対する
     あざけりの道具
     
     そんな使い方になってしまう

 上記の聖書箇所を読むと理解できるでしょう。


燈心  マタイ12:20.
 燈心には亜麻が用いられた。亜麻は長時間燃やすと炭になるので度々切る必要があった。生誕教会で燈心を切っているのを見た。燈心が切られた後の炎は安定していた。

     油があっても
     燈心がなければ
     周囲を照らす
     あかりとはならない
     キリストさまによって
     人を輝かすまことの光は
     決して消えることはない
     「くすぶる燈心を消すこともない」とは
     そのことだろう


  ルカ12:45.

     いつのまにか
     植物の実が
     発酵して酒になり
     特別な飲物になった
     酒を得た人間は
     それで楽しみを得たが
     自分のなすべきことを忘れ
     失うものも大きい
     神は
     植物の実が発酵して
     酒になる法則を
     定められたとすれば
     この法則を
     キリストさまの
     栄えのために
     用いることは
     できないものか

 聖餐式にぶとう汁が用いられている。


  マタイ13:3-23. マルコ4:2-20. ルカ8:4-15.

     農夫がまく種には
     半年で収穫できる植物
     一年や二年もかかるもの
     大きくならなくては
     実がならない木の種もあった
     どんな種に対しても
     農夫の期待は
     沢山の実を得ること


いばら  マタイ13:7. 27:29. マルコ4:7. 15:17. ヨハネ19:2.
 イスラエルにはトゲのある植物の多いのには驚く。

     キリストさまの
     頭にかぶせられたいばら
     無用の長物も
     神のメッセージを取り次ぐ
     み手の作


いばらの冠  ヨハネ19:2.5.

     冠
     貴い 王様のしるし
     キリストさまにかぶせられた
     いばらの冠
     私が受ける
     はずかしめのしるし
     キリストさまによって 私は
     はずかしめの冠を
     かぶせられる必要は
     なくなりました


からし種  マタイ13:31-32. 17:19.20. マルコ4:30-32.
 からし種は種の中で一番小さい種ではないが、非常に大きな形に成長するのが対比されている。

     小さな小さな種
     ひとたび地の中に蒔かれると
     立派な植物に成長する
     生きている種は
     蒔かれればかならず
     芽を出し 花咲き
     実を結ぶようになる
     神が与えられた
     法則は変らない

     神が 私に
     与えてくだそった
     信仰の法則も変らない
     ただ働かせるのは
     私の責任だが


パン種とパン   マタイ13:33. 16:6. 26:17-19. 
               マルコ8:15. 14:1.12. ルカ22:1.7.

 パン種とは、パンをふくらませる酵母。

     パン種を入れたパンと
     入れないパンでは
     まるでちがう
     もちろん
     食するごとに
     パン種が入っているか
     いなすかはすぐわかる
     同時に
     キリストさまが教えてくださった
     信仰生活に
     害悪をもたらす
     パン種を入れないように
     警戒しなくては


マナ     ヨハネ6:31-35.
 マナはイスラエル民族がエジプトを脱出してシナイ 砂漠で神に養われた食物。

     毎日食べるものすべては
     勤労の実です
     でもそれ以上に
     生きているのは
     神さまが私に
     与えてくださった
     マナによるのです
     今日も それを告白して
     生活しよう


  マタイ13:47-50.
 綱は亜麻糸が材料か

     地上で収穫したもので
     網を作り
     水中の魚を生け捕りにする
     網の中に入るものは
     魚だけでなく
     ごみもいっしょに入ってくる
     ここで漁師の
     もうひとつの働きがはじまる
     分ける働きがはじまる
     網の中に入ったものは
     見るお方が見ればすぐわかる
     捨て去られる者に
     ならないようにしなくては


キリストさまが着た着物
        マタイ9:19.20. 14:36. 27:27-31.
        マルコ15:16-20.
        ルカ19:1-3.
 イスラエルの夏は亜麻布の着物 冬は羊にによるウールの着物だったと思われる。


     着物のふさに
     ふれていやされた女
     そうかと思うと
     キリストさまの
     着物を着せかえて
     あざわらった人もいる
     一枚の着物にも
     歴史に残るほどの
     話題がある


着物
       マタイ10:10. 21:1-11. 22:1-14. 24:23.
       マルコ6:9. 11:1-11. 13:16.
       ルカ9:3. 19:29-40.

 着物には、ウール、亜麻布、絹があった。

     人が 寒い極地で
     生きられるのは
     着る物による
     着物には
     下着があり
     上着があり
     礼服があり
     身分をあらわすものもある
     キリストさまは
     世の終りの時には
     「畑にいる者は
     着物を取りに戻るな」と
     教えられた
     着物にまさるものが
     あるのではないか


鳥の巣  ルカ9:58.
 移動しない鳥は約100種、渡り鳥は200以上おり、鳥は、その種類に従って巣を作っている。

     キリストさまに
     ついて行きますと
     真剣に
     意志表明した
     その人に
     キリストさまは
     落ち着いている所は
     ないのですよ
     それでもよいですか
     それが わかって
     "ついて行きます"
     そういえば本物


  マタイ19:23.24. マルコ10:24.25. ルカ8:24.25.
 ウールの布にはウールの糸、亜麻布には亜麻の糸が用いられた。

     針の穴に通された糸
     布と布をつなぎ
     天幕も 着る物も作り出す
     糸は針の穴を通せるもの

     金持ちが
     天のみ国に入るのは
     むずかしい
     沢山の持ち物が
     針の穴をふさいでしまう

     聖書を読む金持ちは
     針の穴を通る
     糸のようになるからだろう


うん香  ルカ11:42.
 うん香は、植物全体に香りがあり薬用にもされた。

     香りのあるものに
     香料 香油 うん香が出てくる
     いったい
     どんな香りのするものか
     どれほど高価なものか
     想像しても
     想像がつかない

     うん香のことが記されている
     聖句を読むと
     神のご愛に
     お応えする
     尊さが教えられる


オリーブ  マタイ26:30. :36-46. マルコ14:26. :32-42.
          ルカ22:39-46. ヤコブ5:14.15.
 オリーブの生育には、イスラエルは適した地でした。オリーブは貴重な木でした。

     キリストさまは
     オリーブ山で
     ご自身の使命のひとつを
     はたされた
     山にはオリーブの木が生育し
     暑い日陰は
     人のいこいとだんらんの場
     実からは オリーブ油がとれ
     油は 病人の
     いやしの祈りにも
     用いられた
     油に効力があるのではなく
     用いる人の信仰と
     神の力が働くから

 写真はオリーブ絞りの臼。
     


シバ  マタイ22:30-32. マルコ12:25-27.
       ルカ20:35-38. 出エジプト3:1-6.
  シナイ山の周囲のどこにでも見られ植物。


     死人のよみがえり
     考えられない
     思いもよらないことが
     聖書には
     平然と書かれている

     燃え尽きることのない
     シバの中から
     語られた神は
     生ける神 ならば不思議はあるまい

     
 シナイ山のシバ火をつければすぐ燃え尽きる。


垣根  ルカ14:15-24.
 一般的には石垣だが ヨルダン川の近くは植物の生垣であった。

     垣根といえば
     すぐに思い浮かぶ
     青々とした植物の
     境界線
     または 防風林
     いや めかくし
     いやいやそこは
     宴会への招きの場
     そこで招かれたら
     誰でも中に入れる
     神の国で食事する
     幸いを得る


桑  ルカ17:6.
 エリコで、いちぢく桑と桑の木を見た。

     からし種ほどの
     信仰があったら
     この桑の木に
     『根こそぎ海の中に植われ。』と
     言えば、言いつけどおりになるのです。

     なぜ 桑の木が
     信仰の歩みの
     話題に上げられたのだろう
     桑の木を見るたびに
     自分の信仰が
     反省させられる


木の枝  マタイ21:8. マルコ11:8. ヨハネ12:13.
 しゅろの枝とはナツメヤシの枝のことで葉は二メートルから三メートルの羽状複葉の植物。

     ろばの子にのって
     エルサレムへ入城された
     キリストさまは
     平和の君
     人々は
     自分の上着と
     しゅろの枝や木の枝を道に敷き
     お迎えした
     それは ユダヤ人の
     習慣なのか
     木の枝は
     香りをはなつものなのか
     この歓迎の心を
     私はいつまでも 持たなくては


家具  マタイ21:12-14. マルコ11:15-17. ルカ19:45.46.
 神の箱にはアカシヤ、家具にはオリーブ、糸杉が用いられた。

     家具は
     目的にしたがって使われる
     台は両替人の
     商売の台として使われて
     何の不思議があろう
     鳩を売る者のため
     腰掛が使われて
     何の不思議があろう
     ただ問題なのは
     使われる場所
     使う人に
     問題がある
     自分のすることに
     無神経であってはいけない


いちじく  マタイ21:18-22. 24:32.33. マルコ11:12-14. :19-26.
         イスラエルにはどこにでもある植物。
         乾しいちぢくはとてもおいしかった。


     キリストさまが
     なさることには
     いつも深い意味がある
     いちぢくの木が枯れたこと
     新芽が出てくること
     ひとつひとつに
     意味が着せられた
     その意味を知ることを
     生活することを
     大切にしよう


はっか いのんど クミン  マタイ23:23.24.
            薬味などに使われる香りある植物。

     「忌わしいものだ。」と
     いわれていた人たちは
     はっか いのんど クミンの
     十分の一は
     大切なこととして 納めていた
     それなのに
     「正義もあわれみも誠実もおろそかにしている」とは
     真に大切なものを
     他のものですりかえてはいけない

     これは 私自身が
     しっかり意識しなくては
     ならないこと


ノアの箱舟  マタイ24:37-39.
          箱舟の材料、ゴフェルの木と呼ばれるのは、
             糸杉か松の一種ともいわれる。


     山の上で作られた箱舟
     だれがそんなところまで
     水がくると考えることが
     できただろう
     だから飲んだり食べたり
     めとったりとついだりができたのだ
     警告がなかったのではない
     山の上まで来る洪水
     そんなことが起るとは
     考えられなかったのだ
     ああ 警告を聞く耳を持たなくては


なわ  ヨハネ18:12.
     縄は亜麻のより糸で作られたものではないか。

     キリストさまを
     捕えるために
     剣や棒と
     もうひとつ
     ヨハネのみが
     縛りあげられたことを
     伝えている
     ああ 罪なきお方を


いちじく桑  ルカ19:1-10.
         エリコで大きないちぢく桑の木を見た。

     −金持ち−
     この世では
     あこがれのまと
     でも欠けたものがある
     ザアカイが
     それを示している
     −キリストさまを見たい−
     その心が ザアカイを
     いちぢく桑の木へ
     登らせた
     それが 金では得られない
     出会いを生み出した
     これは キリストさまの
     おぼしめし


手ぬぐい  ヨハネ13:5.
      手ぬぐいは亜麻の繊維によって作られた布と思われる。

     人の足を洗い ふくのは
     しもべのすること
     キリストさまは
     弟子たちに
     仕えることを
     教えてくださった
     私にも


香油  マタイ26:6-13. マルコ14:3-9. ヨハネ12:2-8.
       ナルドの根から香油がとれた。

     よい香り
     それは雰囲気を
     とても豊かにするもの
     高価な 高価な香油が
     キリストさまの
     頭に注がれた
     なのに雰囲気が
     豊かになるどころか
     むだなことをすると
     弟子たちの中に
     険悪な空気が
     みなぎってしまった
     キリストさまは
     香油を注いだ女の
     心のあらわれを
     埋葬の用意として
     すばらしい評価の香りを
     世界の中に
     ただよわせてくださった


パンとぶどう汁  マタイ26:26-29. マルコ14:22-25. ルカ22:19.20.

     決して忘れることのないように
     最後の食事の時
     弟子たちに
     パンをとり
     「これはわたしのからだです。」
     ぶどう汁をとり
     「これは、わたしの契約の血です。」
     この聖餐にあずかるたびに
     聖書を読むたびに
     わたしの救い主キリストさまを
     心の奥底から
     感謝をもって
     意識するものです


  マタイ26:47-56. マルコ14:43-50. ルカ22:47-53.
     棒に使うことのできる堅い木はイスラエルにはいくらでもある。

     平和の君に向って
     剣をぬき
     棒をもって
     捕えようと
     集まっている群衆の中で
     愛のしるし
     口づけで
     キリストさまを 裏切った
     ユダの心の状態に
     剣や棒にまさる
     ひどい武器を見い出して
     おそれおののくのです


キリストの十字架  マタイ27:28. 31. 35.
                  十字架の木は糸杉であろう。

     兵士たちは 十字架上の
     キリストさまを取りかこみ
     着ておられたものを
     くじ引きにし
     あざけりの着物を
     着せました
     キリストさまは
     肉体も 心も 弱られた
     ああ それは
     わたしのためでした


酸いぶどう酒  マタイ27:48. マルコ15:36. ヨハネ19:28-30.
           ぶどう酒が酢酸に変化した飲物。

     私の罪を負い
     十字架に掛けられたキリストさまが
     飲まれたものは
     酸いぶどう酒
     飲まれて
     ますます意識 感覚を
     あざやかにして
     私の罪の痛みを
     お飲みくださった


神殿の幕  マタイ27:51. マルコ15:38. ルカ23:45.
         幕は麻による布であったと考えられる。

     神殿は
     聖所と至聖所に
     幕で分けられていた
     一般の人は誰も通れない幕
     キリストさまが
     十字架で
     息を引き取られた時
     幕がさけてしまった
     私が中へ入り
     神との交わりをするために


アロエ  ヨハネ19:39.
        イスラエルには熱帯の植物も育っている。

     葬りの時に使われる没薬と
     薬草アロエ
 「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」ヨハネの福音書3章3節(新改訳)
     キリストさまの
     ことばをしっかり意識して
     ニコデモは
     十字架上で
     息を引きとらられた
     キリストさまのために
     アロエを用いた
     勇気がいることだったろうに


亜麻布  ヨハネ19:40. 20:5-7.
       亜麻の繊維による製品の用途は実に多かったと思われる。

     キリストさまに
     亜麻布を巻いた人は
     アリマタヤのヨセフ
     ニコデモ
     遺骸に
     亜麻布を巻く時
     彼らは
     キリストさまの生活を偲びつつ
     巻いたであろう
     人ならばそれが最後
     でもキリストさまは
     ちがっていた


炭火  ヨハネ18:18. 21:9.
       木炭による火である。

     暖をとり
     調理をし
     道具を作るため
     火を使う人間
     火の周辺にドラマがある
     ペテロには忘れられない
     キリストさまを否定する
     ドラマがある
     キリストさまは
     よみがえりのからだを炭火の周辺で
     明かにされた

U 植物ではなかったもの

 聖地を旅行してみて植物を材料としていないことを知ったもの。


くじ  ルカ1:9. 23:34.
     くじ それは紙のこよりのようなものと思ったが
       サイコロのような石らしい。


     人の居るところ
     順番を決めたり
     所有権を決めるため
     くじが用いられる
     ザカリヤはくじに当たって
     祭司の務めをし
     キリストさまの前に
     道を備える者の親となった
     光栄あることではないか
     キリストさまの十字架の下で
     くじでわけるあさましい姿も見る
     くじにも
     祝福とのろいにつながるものもある


荒布  マタイ11:20-24.
      山羊または駱駝の毛で織った黒色の布。

     荒布をかぶれば
     悲しみのしるし
     荒布をかぶれば
     悔い改めのしるし
     誰が見ても
     荒布とわかるもの
     あとはには祝福のしるし


  マタイ14:1-12. マルコ6:25. 28.
       盆、それは銅器と思われる。

     ああ悲しいかな
     預言者ヨハネの
     がん首を運ぶ
     具にされるとは


釣り竿  マタイ17:27.
        イスラエル旅行では竹を見ることはできなかった。
        ガリラヤ湖で見た釣り人の竿はカーボンロット。
        帰国後聖書を読みかえすと釣り竿とは
        記されていなかった。


    漁師にとって生きるために
    欠かすことのできない
    生活の具
    釣り竿と魚 そして金
    それがキリストさまの
    手につかまれると
    不思議なほど生き生きと
    信仰生活と実生活が
    見事に調和される
    道具に用いられる


建物  マルコ9:5.幕屋 マルコ11:17.祈りの家
       マルコ1:21-28.会堂 マルコ11:11. 13:1-3.宮
       マルコ2:14.取税所
       旅行中に見た建物は石ばかりであった。


     福音書に
     幕屋や家
     ただの家ばかりでなく
     祈りの家 会堂 宮
     そうかと思うと
     取税所が
     出て来たりもする
     その建物が
     何でできているのか
     考えると
     早く聖地へ
     行って見たくなる


筆記用具  マタイ19:3-12. マルコ10:2-9.
           紙、それはエジプトではパピルス
           イスラエルでは羊皮紙であった。


     離婚状とは物騒な書類
     こんな書類は 決して決して
     書かれてはならない


  ルカ7:14.

     人は誰でも
     一度は入れられる
     悲しみと
     痛みと
     離別の棺

     死
     キリストさまによって
     それも
     かえられてしまう


財布  ルカ10:4. 12:33. 22:35.36.
       財布は皮であった。


     人の生活に
     金入れは
     なくては困るもの
     生活がともなっているのだから

     キリストさまは その財布によって
     人が生きるに必要な
     財布に勝る
     養い主のいますことを
     教えてくださった


むち  ルカ18:31-33.
       むちは皮で作られたものでであった。


     キリストさまが来られたのは
     異邦人に引き渡され
     あざけられ
     はずかしめられ
     つばきをかけられ
     むちで打たれ
     殺されるためでした
     キリストさまのお苦しみが
     私の救い
     喜びに
     つながっている


海綿  マタイ27:48. マルコ15:36. ルカ19:29.
       海綿は水中動物の繊維状の骨格質のもの。


     罪のない
     正しいお方が
     十字架につけられた
     いためつけられたお身体
     お心も痛かったにちがいない

     十字架上で
     渇きを覚えられた
     キリストさまに
     海綿にふくませた
     酸いぶどう酒が
     さし出された

     お飲みになって
     ひどい痛みを負いながら
     わたしの救いを
     完成してくださった

V 聖地を旅して
エジプトとイスラエルの印象

エジプトの印象



     木の枝々も
     葉の上も
     家も
     砂におおわれた たたずまい
     その底流に砂の文化がある
     砂の色にさからわない


黄金

     美しい金の世界
     どの顔も若く美しい
     けれどもどれも
     死の世界




     エジプト特有の大理石
     アラバスター
     そのなめらかな美しさも
     石の寿命と共に
     終る美しさ


コプト教会

     回教徒の中で
     つちかわれた
     コプト教会
     異教徒の中で
     生き残るのは
     形を変えることか

     
         私の勉強不足で誤解のある作詩になりました。
         エジプトの中にも生きたクリスチャンが居られます。
         だからこのような立派な建築の聖堂があるのです。



聖家族

     キリストさまが
     お生まれになった時
     ベツレヘムから
     逃れたエジプトの町
     そこは 地下室の
     暗い部屋であった
     聖家族に
     おとずれたのは
     常に危険であったとは


権力

     ひとりの王様のために
     大きな大きな石が
     重ねられた
     力が誇示されている
     唯 一人のために
     沢山の小さな力が
     寄せ集められた
     王の権力に
     いささか怒りが起る

     
         ギザのピラミット。
         私の勉強不足もあり誤解のある作詩となった。
         本当は王が庶民に職場を与え救済の意図があったと聞く。



力と知恵

     140メートルもの
     高さに積み重ねられた
     ピラミット
     その中に
     死んだ王が
     息をする穴だという
     通気口が
     どこかに通じている
     王さまのためにと
     いいながら
     工事する人々の
     命が守られる
     通気口ではなかったのか
     だとすれば
     王さまの力にまさる
     偉大な知恵と
     力の隠れた姿を見る


荒野の印象

信頼とあこがれ

     エジプトで奴隷であった
     イスラエル人にとって
     神からの約束の地
     乳と蜜の流れる地
     カナンは
     あこがれの地であったに
     ちがいない

     実際
     砂漠を通過して見て
     暑さ うえ 難路
     エジプト軍の追手
     それは 精神的にも具体的にも
     恐怖に結びつく
     それをくつがえしたのは

     砂漠の経験を
     すればする程

     神への信頼と
     カナンへの
     あこがれが
     エジプトを脱出した人々に
     約束の地へ
     足をふみ入れる
     大きな動力となったにちがいない


安息

     どこまでも続く
     砂漠の中で
     人が得る安息は
     水と緑

     イスラエル民族は
     生ける神に
     安息を
     見出していた

     これはいつも 今
     学ばなくてはならないもの


砂漠からエルサレムへの印象

不思議な平安

     砂漠の中は
     どこまでも続く
     変化のない世界
     そこでは
     不安が
     心を支配する
     その砂漠を
     遠ざかり

     エルサレムに
     近づくと
     美しい緑と山
     共にいます神により
     心の中に
     不思議な
     平安がおとずれる


お方がいます

     山に向って目を上げる
     そこにエルサレムがある
     エルサレムを思うと
     目をあげたくなる
     そこに真に助け
     力づけてくださる
     お方がいますから


オーセシャローム・イスラエル

     ハシリズムソング
     オーセシャローム・イスラエル
     その歌を
     バスの運転手さんから
     聞いていると
     不思議な感動が
     胸にせまり
     涙があふれた
     不思議な感動は
     オーセシャローム・イスラエル
     それであった
  オーセシャローム・イスラエルとは、"イスラエルに神の平安があるように"であった。


エルサレムの印象

不思議な感動

     エルサレム それは
     キリストさまの
     活動のふるさと
     福音書の世界
     着くと同時に
     こみあげる感動が
     全身を支配した


感動がうすらいで

     エルサレム滞在日が
     ふえるとともに
     感動がうすらいで
     恵みになれてしまう
     まことに弱き心
     「ああ悩めるかな」
     それが身にしみる


複雑なこと

     エルサレム
     その内容の複雑なこと
     不思議なこと
     見聞すればするほどに
     おしつぶされる


持ちこむ

     聖書の世界
     エルサレムを 見た
     見れば見るほどに
     自分の生活の現場の中へ
     持ちこむ心で

     聖書のメッセージを
     大切にしなくては
     そう思わずにはおられない


オリーブ山

     オリーブ山で
     キリストさまは
     祈られた
     その祈りは
     ご自分の使命を
     はたすためであり
     私に救いを
     もたらすためであった

     私の小さな
     ひとつのわざも
     祈りなしに
     完成することが
     決してないように


ヒンノムの谷

     今は美しい谷だが
     ヒンノムの谷
     そこでエルサレムの
     城壁内で
     生活している人々の
     出すごみが
     終日焼かれていた
     その煙を
     エルサレムの人々は
     毎日見ただろう

     私も毎日
     天国への道か
     ゲヘナへの道か
     どちらの道を歩んでいるか
     確かめなくては


ドロロサ

     ドロロサ
     キリストさまが
     十字架を負われ
     通られた道
     自分のためにではなく
     罪人である私のために
     重い十字架を
     負って通られた道
     だからこそ
     私は救われたのだ

     
       ドロロサにて アーチと狭い石の通路が特徴  帽子は旅行社のマーク


ゴルゴダ 1

     ゴルゴダの丘
     それがどの場所かは
     とにかくとして
     私のために
     キリストさまが
     十字架につけられた丘
     聖書の事実だからこそ
     感動する


ゴルゴダ 2

     園の墓
     その墓はからっぽ
     キリストさまは
     よみがえり
     今も生きて
     おれるからです
     キリストさまが
     生きています
     お方だからこそ
     わたしの信仰には
     意味があるのです


ヘロデの印象

事業

     大きな廃墟
     遺跡を見るたびに
     大きな政治力
     建造力に目を見張る
     同時に
     大きな事業をするのが
     神に喜ばれるものとは限らない
     どうしても
     神に喜ばれる
     事業を果たす
     謙虚で素直な
     生き方でありたい
     その業が小さくても


ベツレヘムの印象

昔のままに

     ルツとボアズの
     出会いの地
     サムエルが
     ダビデに油注いだ地
     キリストさまの
     ご降誕の地
     神が人となられた
     キリストさまの
     偉大な事実を
     そぼくに保存して
     おいてほしかった


サマリヤの印象

忘れてはならない

     キリストさまが
     サマリヤの女に
     井戸端で語られた
     その井戸の水のおいしかったこと
     しかし この水を飲む者は
     またかわく
     実になまなましい現実
     それを忘れてはならない


野の花によって

     サマリヤ周辺の
     山すそに咲く
     花の種類の
     多いこと美しいこと
     岩間に
     やせ地の道端に
     咲く花を見ると
     キリストさまが
     野の花を見よ といわれた
     その ことばを思い出す
     どこにでも見られる風景に


シナイの印象

きびしい現実の中で

     赤さびた岩山
     水はなく
     草木もかぎられた世界
     あるのは岩と砂
     太陽の光と熱
     夜は はげしい冷えこみ
     このきびしい世界で
     神の人は
     教えられ 育てられた
     唯 信仰をもって
     神を仰ぐ以外に
     何もない
     人となるために

     
      シナイ砂漠の岩


砂漠の植物から

     水分をまったく失った
     荒野の山すそに
     ひっそりと生きている草
     枯れているのかと思われる
     たたずまいをよく見ると
     茶色の中に緑が見える
     花のつぼみも見える
     世代は何代も変ったろうが
     モーセのひきいる
     出エジプトの民を
     見ただろう
     想像すると
     聖書の世界がひろがって行く


ベドウィン  
砂漠の中の遊牧民

     小さな小屋が
     わずかな緑のほとりに
     立てられている

     広がる世界は
     岩山ばかり
     その中で
     ベドウィンは
     生きている
     手 足には
     砂のかさぶたを
     こびりつけて
     その生きざまから
     人の力強さを見る


砂漠の生きものから

     荒野の中に
     小鳥がおり
     夜には虫が鳴き
     心をなごませる世界があった
     同時に 空の鳥を見よ
     そういわれたキリストさまの
     メッセージを思う


砂漠の空から

     シナイ山から見た空
     雲一つなく
     端から端まで
     全天が見える
     この美しい空を見て
     モーセの山でアブラハムを思う
     アブラハムは空を仰ぐたびに
     信仰が燃やされ
     行動したにちがいない


砂漠の中で

     土地の自然環境
     どう見ても
     何十万もの人が
     住める場所ではない
     そこではどうしても
     神からのマナ
     神からのうずら
     神からの水
     昼は雲の柱
     夜は火の柱
     それが必要だつた


シナイとエルサレム

     シナイ上空には
     雲はひとつもない

     エルサレムに近づくと
     雲が多くなる

     雲のない所
     木はなく

     雲のある所
     緑あり
     これは生かす
     水のめぐみ


わたしの必要

     ホレブの山
     そこへただひとり
     登ったモーセ
     神に会い
     律法をさずけられた

     民の中では
     水がない
     肉がないと
     つぶやきばかりを聞く
     世界の中で
     生きるため
     どうしても
     ホレブの山で
     神に会う必要があった

     私にもそれは
     必要なこと


ヘブロンの印象

持つべきもの

     信仰の父と呼ばれたアブラハム
     自分の所有の土地は
     唯 墓地
     マクペラの洞窟のみ

     しかし 持ったのは
     天の神に対する
     ゆるがない信仰

     
      
マクペラの洞窟 中へは入れなかった。


アシケロンの印象

なつかしい香り

     久方ぶりに海の香り
     海藻の香りに
     遠いふるさとを思う

     海岸の砂を
     接写レンズで見る
     その美しいのに驚く
     海辺の砂よりも
     たくさんの民とすると
     アブラハムに
     約束された
     聖書の記事を思う

     
       海岸の砂の写真です。


ベエルシェバの印象

羊飼い

     数十匹の
     羊や山羊を
     少年 少女が
     小さな枝を手に持ち
     時には犬をともない
     放牧している
     羊は
     少年 少女の
     飼い主がいれば
     安心して
     草が食べられる
     小さな枝一本で
     羊を誘導する姿に
     良い羊飼いと羊の姿を
     深く深く意識した

     
       しゃがんでいる少年羊飼い。


勤勉

     昔 この地は
     砂漠地帯
     それが今は
     緑あふれる 穀倉地
     ユダヤ人の勤勉
     それは神に対する熱心から
     出て来たもの
     自分の利益のためにのみ生きる
     人の勤勉と異なるのに
     目を見張る


先駆者精神

     砂漠が緑の耕地になるために
     ダビデ・ベングリオンの
     偉大な実践
     信仰 指導力が
     後に続く人々に
     大きな励ましとなっている
     ここにもバプテスマのヨハネのような
     先駆者精神が生きていた


ソドムの印象

岩塩の里

     岩塩は一定の所にしかない
     この世を愛した
     ロトの妻は
     塩の柱になったという
     その柱がこれですと
     案内されて
     何物にもまさって
     神を愛する価値 祝福を
     現地で覚えさせていただいた

     
           岩塩の地

     
           岩塩の結晶


死海の印象

死海の水

     濃い塩分のため
     生物のいない湖
     水に入っても
     ういてしまう
     水を口にふくめば
     塩辛いよりもにがく
     今まで経験したこともない世界
     でもこれも神のわざ

     
       死海体験、顔を水に入れたら大変。


エリコの印象

おりてきなさい

     緑豊かな
     大きなオアシス
     その昔
     ヨシュアの軍が神の恵みによって
     占領した町
     ザアカイが
     キリストさまに
     出会った町
     今でも
     キリストさまが
     おりてきなさい
     あなたのうちに
     住むことにしている
     そういわれるみ声が
     響いてくるような
     気持がする


エマオの印象

キリストさまがいます

     キリストさまが
     よみがえられて
     エマオの道を
     行かれた時
     二人の弟子は
     キリストさまを
     認めることが
     できなかった

     わたしも
     エマオまで来たのに
     日々キリストさまの
     居ますことを
     忘れることが
     ありませんように

     
       舗装されていない部分が古いエマオからエルサレムへの道


ユダの荒野の印象

隣人に

     エルサレムへ
     上る道は
     とても淋しく
     小さな草しか
     生えていない
     人なき道
     そこで 良きサマリヤ人の
     ドラマが生まれ
     すべての人の
     隣人に対する大切な
     心がけが
     私のために語られている


シャロンの野の印象

美しい野

     なだらかな斜面には
     赤いひなげし
     黄色い草花
     白い花
     紫色の花もある
     詩人が歌った世界
     美しい野は
     神の恵みを
     今も 表現している


ヨッパの印象

どっちを向くのか

     ヨッパでは
     ヨナの活動と
     かわなめしシモンの
     家でのできごとを思い出す
     そのひとつひとつから
     神に 背を向けるのか
     顔を向けるのか それが
     問われている

     
           かわなめしシモンの家から


カルメル山の印象

幸い

     バアルの預言者と
     エリヤの信仰による
     祈りがささげられた
     山に来てみると
     火をもって答えられる神
     今も祈りに
     お答えくださる
     生ける神に
     お頼りしている幸いが
     ひしひしと
     胸にせまってくる

     
           カルメル山のエリヤの像


ガリラヤの印象

雨のめぐみ

     ガリラヤの地方へ来て
     始めて雨に出会う
     雨のない砂漠の世界から来た
     私たちは
     雨によって
     気分も 皮膚も
     うるおされた


豊かさの中で

     水の恩恵に あふれた地
     草 木が育ち 魚がおり
     鳥がさえずる地
     そこで必要なのは
     やはりキリストさまに
     おたよりすること


キリストにあるという生き方

     ガリラヤ湖畔
     青草のジュウタンが敷かれ
     ひばりがさえずる
     屋外集会場 そこで
     幸いなるかな の連続する
     垂訓が語られた
     キリストさまにある
     生き方ではなくなっては
     美しいけれどむつかしい世界

     
           垂訓の里


働きへのお招き

     キリストさまの
     お招きに応じて
     漁師たちが弟子となった地
     キリストさまのもとで
     教育され
     働きのため
     送り出される
     弟子たちの生活の場

     今も生活の場で
     キリストさまの
     働きへのお招きが
     なされている


コラジン

     美しい緑の地を
     周囲に持つのに
     行いの悪いため
     のろわれた町となった
     廃墟の町の問題は
     人の 問題であったのだ


アシ

     ガリラヤ湖畔の人々は
     あまり 釣りはしないのか
     唯一回 おとしよりが
     つりをしているのを見た
     アシの茂みから
     身を乗り出すようにして

     のどかな風景の
     アシ林だが そのアシが
     キリストさまを
     はずかしめる
     具として用いられるとは
            マタイ27:29.30.参照


カナの印象

教会を愛する

     結婚式に列席された
     キリストさまが
     はじめてしるしをなさった地
     牧師さんたちは
     聖餐式のためにと
     ぶどう酒を買われ
     教会を愛する
     お心を
     ぶどう酒のビン持ちながら
     笑顔の中にあらわしていた
     キリストさまの
     お心が
     反映されるように


ナザレの印象

人の労働

     キリストさまが
     幼少の時代を過された
     その町は
     石の家ばかり
     大工の仕事は
     家具を作ること

     人の生活 労働も
     ご理解くださる
     キリストさまは
     働くことの意味を
     語られているように
     考えさせられる


カペナウムの印象

憩い

     キリストさまが
     たえず憩われた町
     安息をもたらすに
     ふさわしい
     美しい町
     でもキリストさまには
     真に憩われる場はなく
     お働きの拠点
     憩いは 父との
     お交わりの時のみ

     
           この地では雑草の花、日本では夏の園芸の花を見る。


ヘルモンの印象

変貌の山

     弟子たちには
     キリストさまだけが
     見えた山
     その山だけではなく
     生活のすべての場で
     キリストさまだけが
     見える聖別された
     場を持つのは
     私に必要なこと


ヨルダン川の印象

生かす流れ

     バニアス川と
     ダン川と
     ハッマリ川とが
     合流して
     イスラエルの国の
     ひとつの流れとなる
     この水の送られるところ
     いのちあふれる
     豊かな地と
     変えられる源

     聖霊による
     生かす流れの
     ひとしずくでありたい

     
           右上はヨルダン川へ、水面はガリラヤ湖

     
           オリーブの大木。

W 感謝

 詩をこころざして十年、キリストにありて、目で見、手でふれ、心に感じたありのままを言葉にするをモットーに聖地に関連してまとめることができ感謝しています。
 またここまで読み進んでくださったことも深く感謝しています。

発行日 1981年7月1日
著者 富 澤 誠 治
(神奈川県川崎市多摩区生田2044)
現在 〒460-0014
名古屋市中区富士見町4-7 上前津サンハイツ106

「野のユリを求めて」をこのような形で発行でき感謝しています。
2004年8月6日