以前の詩

巻頭言
詩の友 第42号 1979年2月

 新聞は航空機売買の真実を知らそうとニュースを流しています。その真相はなかなか明らかにはならないでしょう。しかし明らかな事実は、人は神の前には、みな罪なるものです。だから、どうしもキリストの十字架による救いが必要です。それなくしては真実を生きることはできないでしょう。 (こんな巻頭言になっていました。)
              

投稿 「皮 肉」 森 健二

     何を食い
     何を飲まんと
     生命のことを
     思い煩うなと
     あるけれど
     今のように
     物が豊かにあれば
     何を食うな
     何を飲むなと
     生命のことを
     思い煩わねばならぬ
     皮肉といえば
     皮肉だが


 42号の富澤誠治作

親心

     春には
     小学六年の
     長男
     ぼそっと
     ぼくも洗礼受けていいかなぁ

     こんな形で
     信仰の心を
     あらわすようになった
     息子の発言が
     とてもうれしい


しずくの花

     冬の雨が
     枯れ枝にしづくを
     残して行った

     太陽が昇ると
     花がない
     冬の空間に
     ダイヤモンドを
     ばらまいたように
     しずくが輝く
     人は自然という
     本当は
     神の造られた世界
     冬にも美しい
     花が咲いていた


人 生

     神と共に歩む人は
     限界がない


巻頭言
詩の友 第43号 1979年4月

 「空の鳥を見なさい」「ゆりの花のことを考えてみなさい」とは、主イエスさまのことばだ。よく見て、考えてみると人が意識して春を経験できるのは七十回前後、桜の花を見る回数も同じだ。たったそれだけの期間、もっともっと時間を有効に使う知恵と力を得たいものだ。
      60号からの表紙
     
 (こんな巻頭言になっていました。)
              

投稿 「遥かなる日(終戦直後の頃)」 岸 一子

飴ふたつ幼な手に受けニンマリと また走りだし腕白盛り

布団縫う母のかたえをよぎりつつ "ようする する" と父亡き童は

"教会とお仕事どっちええかなぁ" 幼あたまに一杯の問い(小一孫息子)

遊びから走り戻る母に問う "うちにぁ 父さま何で居ないの?" (小三孫娘)

勉強を強うることなきもいそしみし 姉弟の姿時代のせいや

すべておば統べます方のましませば 何かはあらむいのちのままに


 43号の富澤誠治作



     水には
     カモがたわむれ
     岸べでは
     親と子のあそぶ
     静かな多摩川
     源流は山深い小さな流れだろう
     下流は広くひろがる海
     流域のことを考えていると
     水のほとりのめぐみが
     植物にも
     動物にも
     人にも
     与えられていることを思う

     イエスさまの
     めぐみのそばにいることは
     なんとすばらしいことか
     川のほとりで
     しみじみとかみしめた


ゆ る し

     罪人の前で
     聖き神のさばきのみ手が
     イエスさまに
     打ちあてられた
     そのみきずによって
     汚れた罪人の私は
     おおわれ
     いやされた
     そこに 神の前に
     生きる根拠がある




     東京駅には
     スマートさがある
     上野駅には
     お里があることが
     うかがえる

     お国なまりを聞き
     土くさいふるさとを
     東京のど真中で
     感じることができるとは


新潟で

     細かく白い
     新潟の砂浜
     今日の海は青く静か
     砂防林の松は
     風と砂に吹きまくられて
     真っ直ぐには立てず
     それでもいっしょうけんめい生きて
     民家を守っている

     主イエスさまは
     私の前に立って
     弁護し
     守ってくださる


佐渡島

     たった三日いただけなのに
     港から船が
     遠ざかると涙が出て
     別れることのつらさが
     しみじみと感じられる


悩 み

     人間って
     何故
     こんなに悩むのだろう
     かしこいからだろうか
     愚かだからだろうか

     聖書は
     患難が忍耐を生み出し、
     忍耐が練られた品性を生み出し、
     練られた品性が
     希望を生み出すと知っているからです。
     この希望は失望に終わることがありません。

       ローマ人への手紙5章より
     といっている
     悩むことにも
     理由があるのだろう


巻頭言
詩の友 第44号 1979年6月

 「わが涙よ わが歌となれ」(原崎百子著 原崎 清編 新教出版社刊)の著者は、肺ガンのため生きることの極限の中で日記を書き、何篇かの詩を残された。一読をすすめたく一つを紹介します。

わが礼拝
                    
     わがうめきよ
     わがさんびの歌となれ
     わが苦しい息よ
     わが信仰の告白となれ
     わが涙よ
     わが歌となれ
     主をほめまつるわが歌となれ
     わが病む肉体から発する
     すべての吐息よ
     呼吸困難よ
     咳よ
     主を讃美せよ
     わが熱よ 汗よ わが息よ
     最後まで主をほめたたえてあれ

 (こんな巻頭言になっていました。)
              

投稿 「春に逢う」 鈴木きよ子

     通せんぼの子に会い花野へ車椅子

     車椅子くるくる廻し花花花

     花屑を踏み行く人も不具なりし

     交わりの師がたおやかに春の夕

     こそばゆき喉へいっ気に桜餅

     たんぽぽや叶わぬ旅に誘われて


 44号の旨悦(富澤誠治)作

中央線

     車窓より広がる景色ぶどう畑

     一面に若葉広げてうれしそう

     車窓にも小さきふさが見えており

     人のためうるおす味覚備えおり

     季節をば知らす味覚は神のわざ


松原湖

     山深く神の恵みの松原湖

     八ヶ岳豊かに人をうるおせる

     人里の中にはあらじみ手のわざ

     天然のクーラに冷えて松原湖

     小鳥たち朝を知らせて松原湖


巻頭言
詩の友 第45号 1979年8月

 東京では、水不足が訴えられ節水の宣伝が盛んです。不足もつらいが、贅沢も考えなくてはならない。
 さて神の恵みを考える時、不足もなく余ることもなく、パウロが言うように「恵みは十分である」コリント人への手紙第二12章9節(新改訳)、このすばらしい事実を知ることは幸いです。 (こんな巻頭言になっていました。)
              

45号の旨悦(富澤誠治)作

風ラン咲いて

     風ランや花美しく苔だいて

     白き花咲かせて風ランかれんなり

     風ランの白き小花のうるわしく

     風ランや始めて咲けりわが庭に

     夏のよい思わず出たり詩の心


常磐線

     ハスの田や涼しささそう常磐線

     ありふれた景色つながり常磐線

     東北のなまりわずかに乗車人


東武線

     夏の日や疲れて眠る勤め人

     東武線人こみあいて動きおり

     クーラーのききし車に涼を得て


高山線

     高山へ飛騨川と共ひたはしり

     山里の夏を目指してここちよく

     飛騨川のアユつり人は涼しそう

     車窓よりあきぬ景色に見とれおり

     春にユリ夏にカンゾウ飛騨の里


巻頭言
詩の友 第46号 1979年10月

 主よ。あなたのみわざはなんと大きいことでしょう。あなたの御計らいは、いとも深いのです。まぬけ者は知らず、愚か者にはこれがわかりません。詩篇92篇5.6節(新改訳)
 神のみ計らいを日ごとにわきまえ、恵みを数えて生きることは、賢い者のすることではないか。 (こんな巻頭言になっていました。)
                            

46号の富澤誠治作

八月十五日

     三十四年前
     国民学校三年生
     疎開した田舎で
     始めてできた友
     次の日には
     しょういだんの直撃で
     帰らぬ友になった
     ああ戦争は
     人と人とを引き離す
     にくきもの
                       1979.8.15.


看 病

     胃の手術をした
     老いた父
     入院の時
     聖書のメッセージ
 「神の栄光にあずかる希望は失望に終ることはない」ローマ人への手紙5章5節(新改訳)
     そのみことばに
     励まされ

     メスを取った先生と
     その技術に
     信頼して
     三時間の手術にたえて
     点滴をしながら
     病室に帰って来た父
     麻酔のためだろう
     大きないびきで
     眠っている

     詩篇に
 「あなたのみ手のわざを喜び歌います」詩篇92篇4節(新改訳)
     そう歌った
     作者の心を
     わが心として
     神のみ手のわざの
     確かなことを信じて
     看病にも力が与えられたのだった


熱帯夜    旨悦(富澤誠治)

     熱帯夜続く中にも虫の声


初島

     初島や海美しく秋分日

     一家にて旅することぞ十年目

     初島に子ら喜びて遊びおり

     船はい出苦しむまじと横になり

     思い出に石拾いたり初島の


投稿 「友」 森 健二

     玄関を出ると
     小さいとかげが
     チョロ チョロと草の陰に逃げた
     逃げなくてもいいよ
     おまえは私の友だから
     顔を洗いに
     井戸ばたに行くと
     チョン チョンと雀が逃げた
     逃げなくてもいいよ
     おまえは私の友だから
     やあ咲いたな
     あの花この花
     白い花赤い花黄色い花
     そっとなでてやりたい
     みんな私の友なのだ


巻頭言
詩の友 第47号 1979年12月

     虹
     一年に何回
     見られるだろう
     数少ない現象に
     聖書のメッセージを思い出す

 丹沢山ろくに出た虹に見とれつつ思わず作詩したものです。私たちクリスチャンの支えは、神のことば聖書にほかなりません。 (こんな巻頭言になっていました。)
                            

投稿 「話すということ」 森 健二

     話すということは
     楽しいことである
     お互いの交わりを深くする
     しかし考えねばならぬことは
     舌を制することである
     口はわざわいの門と言い
     舌を制する者は
     全き人と言われる
     正しく 楽しく 話すことは
     人間の大切なテクニックだ


 「尊敬する安藤仲市牧師」

ろくとせ(六十年)を使命に生きて秋の風

     一九七九年十一月十五日
     今日は入信して六十年
     献身して五十九年
     神の恵みに支えられ導かれて来た
     その支えの中心は み言葉(聖書)であった

     そう語られる八十歳の安藤仲市牧師
     多くの人に接し
     多くの書物を読んだだろうに
     聖書一巻に生涯をかけられる姿に
     教えられ 励まされる
                        富 澤 誠 治